「なぜ商業路線の映画に出るのですか」…「釣りバカ日誌」で人気を博した「三國連太郎」は「緒形拳」の問いにどう答えたか

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真剣を使わせてくれと監督に直訴

 無論、テストで“本気”なのだから、本番の際も「さらに強く殴られ、脳しんとうのような状態になりました。そうしたら監督が『落ち着いたらもう一回やろうか』なんて言ってきた。そしてまた殴られた。恐怖を感じましたし、本当に痛かった。後で検査したら耳の中に血の塊ができていて、2カ月ほど取れませんでした」。

 有馬さんによれば、この映画の撮影に際して三國の「狂気」に怯えることになったのは彼女一人だけではなかったという。

「映画の後半、森雅之さんが演じる鼓師を三國さんが抜刀して追いかけ回すシーンがあるのですが、彼は真剣を使わせてくれと監督に直訴。本物の刀を持って追いかけ回された森さんは後に『あの時は本当に三國に殺されると思った』と振り返っていました」(同)

 先の白井氏は、「三國さんは全身全霊をかけて役柄を突き詰め、まるでその人が乗り移ったかのような、常識を超えた演技をする人でした。こんな役者は他にいません。まさに狂気の役者でした」と評するが、異端の俳優は実生活でも奔放を貫く。

太地喜和子との激しすぎる恋愛

 三國は生涯で4度の結婚をしている。3度目の結婚は彼が34歳の時。相手は神楽坂の芸者で、彼女との間に生まれたのが佐藤浩市である。

 結局、この3度目の結婚生活は15年ほどで破綻することになるが、その最中、三國はある女性と業火のごとき激しい恋愛に落ちた。深い関係になったのは三國が39歳の頃、相手の女優、太地喜和子は18歳であった。

「付き合い始めてからしばらくした頃、都内にある喜和子の実家に突然、ダブルベッドが届けられた。当時、喜和子は一人でアパートで暮らしていたのですが、三國さんが間違って実家に送ってしまったのです」とは、元女性誌記者。

「そしてその日の夜、三國さんは彼女が暮らすアパートに、当たり前のようにして『ただいま』と言って上がりこんできたそうです。その一言で喜和子は大喜びしてしまい、三國さんとの同棲生活を始めたのです」

 まだ幼かった浩市を家庭に残し、太地との情交にのめりこんだ三國。当時の日々について、太地は後にある雑誌でこう告白した。

〈彼は私を抱きながら、私の過去をよくききたがった。とくに性体験のさまざまを……私は彼の催眠術にかかったように、すべてを話してしまったけど、あのころの私は、彼の血だって平気ですすることができたし、痰だって飲むことができたでしょう〉

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