「僕のほうが稼いでいるし子育てに専念したら」発言への10年余の恨みが爆発 63歳夫の“プレハブ小屋行き”が決まった夜

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号泣から修羅場へ

 抱き合うと人肌のぬくもりが流れ込んできた。実は自分の結婚生活、つまり梨紗子さんとの暮らしが決して満たされていなかったことを実感していた。考えてみたら最近は会話もほとんどない。妻の不機嫌だけを案じながら日々を過ごしていた。

「でも結局、そのとき僕は役に立たなくて……。藍子に『大丈夫、気にしないで。久しぶりだとそうなるよね』と抱きしめられてぽろぽろ涙が出てしまって。一気に気が弱くなっていたというか。そのとき、ガチャガチャと音がして、なんと梨紗子が入ってきたんです」

 リビングでほぼ全裸で抱き合っていたから、いきなり入ってこられたら逃げ場はない。梨紗子さんの絶叫が部屋にこだまし、そのまま妻は出ていった。

「『大丈夫……じゃないよね。連絡してね』と言って藍子は帰っていった。僕はどうしようもないので翌日、郊外の家に帰りました。妻は一言も口をきかない。申し開きをさせてほしいと言ったけど聞いてもらえなかった。その翌日も帰ったんですが、なんと僕の荷物が庭のプレハブ小屋に入れられていて」

 思わずクスッと笑ってしまった。彼もしかたなさそうに笑いながら、「僕名義の家だし、リフォームもしてるんですよ。それなのにあんな汚い、今にも潰れそうなプレハブで暮らせというのか、とさすがに腹が立って。でも妻には何も言えなかった」

 プレハブ小屋の中には、離婚届も置いてあった。離婚する気はないと妻にLINEを送ったが返事はなかった。息子が顔をのぞかせ、「おとうさん、大丈夫?」と気遣ってくれた。

「おかあさんは怒ってるよ。でも僕は何か事情があるんじゃないかなと言っておいたからって。よくできた息子ですよ。よくできた息子を育てたのは梨紗子だということもわかってますけど」

 それ以来、彼は基本的には都内のマンションで暮らし、ときどきプレハブ小屋に帰っている。話し合おうと連絡しても、梨紗子さんからは返信がない。

「つい最近、梨紗子からLINEがあって『私から仕事を奪ったあなたが、好き勝手に暮らしている。私の人生、何だったのかと思うと虚しくてどうしようもない』と。そんな思いをさせたのは僕なんですよね。妻が心から離婚を望んでいるなら、それをかなえてやるのが僕の贖罪なのかもしれないなと思い始めたところです」

 結婚してからたった一度の過ちの現場に、なぜ妻がやってきたのか、彼は今も不思議でたまらないという。それまで妻は都内のマンションに来たことなどなかったのに。間が悪いというのはそういうことなのだろう。

 博正さんは2年後に定年を迎える。そのときは答えが出ているでしょうねと、彼は虚ろな表情で目を泳がせた。

 ***

 積もらせていた妻の長年の恨みが、博正さんの浮気によって一気に噴出してしまった形だ。それがたった一度の過ちだったとしても、なかなか妻を納得させることは難しそうだ。思えば「家族」に振り回されてきた人生でもある。その詳細は【記事前編】で詳しく紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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