「僕のほうが稼いでいるし子育てに専念したら」発言への10年余の恨みが爆発 63歳夫の“プレハブ小屋行き”が決まった夜
「子育てに専念してもらえたら」
「それからは保育園と地域ママ、ベビーシッターを駆使してがんばりました。ただある日、ふと思ったんですよ。どうしてこれほどまでに忙しい思いをしなければいけないのかなって。梨紗子が仕事を好きなのはわかる。でも僕のほうが収入は多い。ここはいったん子育てに専念してもらえたら、どんなにお互いに楽だろうと。ある日、思い切って言ってみました。すると梨紗子は目に涙をためて『私から仕事を奪うの? 仕事は収入だけが評価されるの?』と大反論してきた。ただ、このままじゃふたりとも疲れきってしまう。誰か助けてくれる人が必要だろうと言うと、じゃあ、毎日、シッターさんに来てもらうと。でも下手すると金額がとんでもないことになる。すると梨紗子は『わかった。もういい。離婚して』と言い出した。そこからけっこう揉めたんですよ」
だが最終的には梨紗子さんが倒れる事態となり、さすがに博正さんの言うことを聞くしかないと判断したようだ。それからは、博正さんが妻の機嫌を損ねないように気を遣いつつ、なんとか「普通の家庭」を維持してきた。
梨紗子さんは子どもが小学校高学年になったころ、またパートで働き始めたが、もちろん彼は反対しなかった。
「僕はその間、ずっとまじめに仕事をしてきました。もちろん、たまに同僚と飲みに行くことはあったけど、常に梨紗子にきちんと連絡してきたし、妻に知られてまずいことは何もしていない。むしろ妻が機嫌良く過ごせるように。息子が小さいころから週末は僕が見ていました。仕事が多忙でなければ、早めに帰って夕飯を作ったりもしていた」
息子が元気で大きくなっているのは梨紗子のおかげだと言葉にして感謝もしてきた。梨紗子さんも仕事を辞めた当初はつらそうだったが、その後は子育てに専念、家事万端を完璧にこなし、彼にも優しく接してくれてきた。
2年前、息子が合格した大学は、自宅より博正さんの実家からのほうが近かった。息子はそこで暮らしたいという。だがとにかく古い家だからリフォームしなければ住めない。
「僕も定年になったら、実家で暮らしたいと思っていた。郊外だから緑も多くて住みやすいところなんですよ。妻も了解してくれたので半年かけてリフォームしました。都内のマンションは売ってもよかったんですが、僕が遅くなったときに泊まってもいいなと思ってそのまま使っていた。いつしか僕は平日は都内にいて、妻と息子が郊外で暮らすようになっていったんです」
「ひとり暮らし」のマンションに、同級生で集まって
ひとりの生活は、意外なほど快適だった。何より妻に気を遣わずにすむ。早く帰ってひとりで1杯やりながらだらしないかっこうで寝そべってテレビを見ても、文句を言われない。結婚生活で自分がいかに窮屈な思いをしてきたか、初めて気づいたという。
「そんなとき、学生時代の友人から連絡があって……。仲よくしていたグループのひとりが亡くなったと。久しぶりにお通夜でみんなに会いました。オレたち、そういう年齢なんだなあとみんな意気消沈しましたね。居酒屋で精進落としをしたあと、たまたまうちが近かったから、よかったらうちで飲まないかということになった」
男性ふたりと女性ふたりがやってきた。途中でコンビニに寄ってつまみと酒を買い、博正さんの自宅、マンションに5人が集まって、しみじみと話しながら飲んだ。終電がなくなるころ4人は帰っていったのだが、見送ってリビングに戻ったころ、玄関チャイムが鳴った。
「藍子という友人が、ごめん、携帯を忘れたと言って。一緒に探したけどなかった。すると彼女はバッグの中をごそごそ探して『悪い、あった』と。笑いましたね。学生時代からそそっかしいヤツだったけど、変わらないなあと。どうせならもう少し飲んでいけばと誘うと、『そうね、別に私、帰らなくてもいい立場だし』と。熟年離婚したばかりなんだそうです。みんなの前ではそんなこと言わなかったけど、実は夫の定年を機に離婚したって」
水割りを作って彼女に渡すとき、ふと手が触れた。思わず見つめ合った。そういえば学生時代、一度だけ藍子さんと夜をともにしたことがあると彼は思い出した。
「思い出してたでしょと藍子が笑ったんです。思わず手をぎゅっと握りしめました。考えたら、うちは10年以上レスだなあとつい言ってしまった。夫婦なんてそんなものでしょと藍子が言って。なんだか急に劣情にかられたような懐かしい気分がわき起こってきたんですが、彼女の顔を見たらそんな気はなさそうで。あきらめようかと思ったら、『ねえ、あのときの続きをする? こんなおばあちゃんでもよければ』って。そんなこと言うなよ、藍子は今もきれいだよと言いました。本当にきれいだった」
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