「テクロノジー」「イメケン」「もろちん」が世に出てしまう恐怖…校閲部員が「単純な誤植ほど危険」と断言する理由

  • ブックマーク

「テクロノジー」「もろちん」

 つづいて(2)の素読みについてです。

「最も最高の演技」といった重複表現は目につきやすいのですが、「ロサンセルス」(濁点の脱落)、「道を謝る」(同音異義語)といった明らかな間違い(業界では「単純誤植」と呼びます)のほうが現場では危険です。

「テクロノジー」「やらわかい」「イメケン」(「イケメン」の誤植)など、子音が同じ文字の入れ替わりもよく見かけます。あとは、「もちろん」が「もろちん」となったまま世に出てしまったというもの。これは実際にあった話としてネット上で話題になったこともあるので、ご存じの方も多いかもしれません。それにしても書いているだけで怖ろしい……。

 ここまで書くと、こんな質問が出てきそうですね。

「単純な間違いはAIが指摘してくれるのでは?」

 しかし、出版業は刊行までの工程が直線的ではないので、残念ながらそんなに“単純な”話ではないのです。AIと校閲の関係についても今後また改めて書けたらと思います。

 また、素読みの際には、ただ字面が正しいかどうかだけでなく、「差別表現がないか」「タイトルや見出し、キャプションなどとの整合性が取れているか」、はたまた「必要な情報が抜け落ちていないか」などにも注意して読んでいかなければなりません。一文字一文字追うだけでなく、俯瞰でも見なければならないということですね。

 さらに、実は媒体やジャンルによって素読みの校閲疑問の出し方はガラッと変わってきます。これも詳細はまた今度(積み残しの連続だ……)。

ヒューマンエラーは必ず起こる

 最後に、(3)の合わせでは手書きの文字を正確に読み取る能力が求められます。私が新人の頃、「叫ぶ」と「呼ぶ」の手書き文字の違いを見分けられず、後から合わせを行った先輩が拾ってくださったことがありました。連載の初回で言及したように、日本語には形の似た漢字、ひらがな、カタカナが多くあり、要注意です。「昴」「昂」とかも……。

 また、よくあるのが「修正の挿入位置のミス」。著者の指定を編集者が書き写すときに1段落ずれた、とか、印刷所の組版担当者の入力ミスなど、原因はさまざまですが、ヒューマンエラーは一定の割合で必ず起こるものですから、ミスした人を責めるのではなく、「ミスはあるもの」としてそれをチェックする“仕組み”が必要になるわけですね。

単純な誤植ほど危険な理由

 ところで、皆さんは「タイポグリセミア現象」という言葉をご存じでしょうか?

 これは、「一定の条件を満たした文字の入れ替わりは、人間の脳内で勝手に正しい文章に補正されやすい」という現象です。

 つまり、極めて単純な間違いのほうが意外と目につきにくいことがあるのです。連載第1回でも触れましたが、似た形の漢字・ひらがな等、また同音異義語への置き換わり等でも同様のことが言えます。

 以上のことが、私が「単純な誤植ほど危険である」と強調したい理由です。校閲の仕事は、上記のような「脳内補正」との、地味で果てなき闘いでもあると私は考えています。

 SNSでたまにバズるような、アクロバットな(?)校閲疑問も良いのですが、日々、もっと地道な、地味な作業を机の上でじーっと続けているのが校閲者なのです。石原さとみさん主演のドラマは「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」(日本テレビ系・2016年)でしたが、私などは「地味で地味地味!校閲おじさん・甲谷允人」といったところでしょうか。

甲谷允人(こうや・まさと Masato Kouya)
1987年、北海道増毛町生まれ。札幌北高校、東京大学文学部倫理学科卒業。朝日新聞東京本社販売局を経て、2011年新潮社入社。校閲部員として月刊誌や単行本、新書等を担当し、現在は週刊誌の校閲を担当。新潮社「本の学校」オンライン講座講師も務める。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。