媚中か親米か…「トランプ関税」で分裂の韓国 ドタバタの大統領選に現れた“台風の目”とは

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狼狽するハンギョレ

――なるほど!左派は韓悳洙首相という伏兵に驚いたでしょうね。

鈴置:狼狽しています。ハンギョレは休刊日を除き連日、韓悳洙首相を非難する社説を載せています。よほどの強敵と見なしているのでしょう。中央日報の特ダネ以降に書かれたハンギョレの社説の見出しと要旨が以下です。なお、以下の電子版の日付は紙版より1日早くなっています。

・「あきれる『韓悳洙抜擢論』、韓代行は無責任な様子見はやめよ」(4月11日)韓代行の与党からの出馬説が急浮上する。本人もトランプとの通話内容を流すなど様子見だ。国家の緊急事態を管理せねばならぬのに、無責任な限りである。

・「韓代行、『出馬様子見』をやめ、『違憲指名』を即刻撤回せよ」(4月13日)大統領選への出馬に野欲を見せる無責任な韓代行。[弾劾などで]国民が審判するしかない。

・「『弾劾反対候補』と『韓悳洙』だけが騒がしい国民の力の候補者選び」(4月14日)国民の力は[政治家の経験がなく失敗した]尹錫悦を経験しても、また小細工で大統領選挙に臨もうとしている。韓代行は自分のために混乱が起きていることに鑑み、不出馬宣言せよ。

・「早まる関税交渉、最終決定は次期政府が下すべきだ」(4月15日)韓代行はトランプとの関税交渉を自分の手で決着を付けるつもりのようだ。焦れば、米国の術中に嵌るだけだ。

・「韓悳洙、『越権指名』効力停止、すぐに撤回して謝罪せよ」(4月16日)大統領が推薦すべき憲法裁判所の裁判官2人を韓代行が指名したのは越権と憲裁が判断した。国民に謝罪せよ。

・「韓悳洙、連日の地方巡行、大統領選挙への疑惑を自らかきたてる」(4月16日)韓代行は地方の工場視察に余念がない。米国との交渉に備えてというが、自分の故郷に真っ先に行ったのは選挙運動ではないのか。

関税交渉が最後の召命

――韓国では同じ新聞社が連日、同一人物を社説で攻撃するのですね。

鈴置:さすがに韓国でも珍しい。左派がいかに韓悳洙首相を怖がっているかを示す証拠でしょう。でも、ハンギョレが攻撃するほどに、韓悳洙氏の株は上がってしまいます。

 左派がいくら嗅ぎまわってもカネにまつわる汚い話は出てきません。普通の韓国人なら、汚職まみれの李在明氏とは対照的な人物だな、と思うでしょう。

――結局、韓悳洙氏は出馬に関し、態度を明らかにしたのでしょうか。

鈴置:4月17日午前に至るまで、表明していません。本人は「対米交渉が自分の最後の召命(神から命じられた仕事)」と述べるなど、うちうちでは出馬を拒否しているようです。

 それなら不出馬を表明してもよさそうなものですが、「大統領含み」の大統領代行であるほうが、トランプ大統領との交渉には有利と判断したのかもしれません。

 ちなみに「国民の力」の大統領候補への立候補は4月15日に締め切られましたが、韓悳洙氏は申請しませんでした。しかし、これでも待望論は収まりません。保守の間からは「無所属で出馬した後に「国民の力」の候補と一本化すればいい、との意見が出てきたのです。

交渉中に後ろから撃たれる

 韓国の左右対立は今や、韓悳洙氏が焦点になりました。これは極めて国益を害します。なぜなら韓国も日本も、微妙なタイミングを計りながら米国と関税交渉を進めていくことになるわけです。

 この際、韓悳洙首相は肝心な時に「まだ妥結するな」「おれたちが政権をとるまで待て」と後ろから撃たれる可能性が出てきたからです。

 せっかく通商交渉の専門家が国のトップに座っているという幸運に巡り合ったのに、左右対立が国益を棄損し始めた。誰かが指摘しないのかな――と見ていたら、ようやく朝鮮日報が社説で書きました。「関税交渉の初交渉国になった韓国、民主党もワンチームに」(4月16日、韓国語版)です。

・「共に民主党」のジン・ソンジュン政策委員会議長が15日、党会議で「権限も責任も薄い代行政府が巨大な国益がかかる関税交渉の前面に出ることは望ましくない」と述べた。
・「韓悳洙大統領権限代行が政治的な目的で交渉に前のめりになって大きな譲歩をするのではないか」との憂慮を提議したのだ。ジン議長はまた「米政府の関税政策が1日で変わる状況で交渉を焦る必要はさほどない」と言った。
・過度に交渉を急いで不利な条件で合意することがあってはならない。米政府の政策はトランプ1人の意思に左右される状況を考慮すると、慎重な交渉も必要だ。
・だが、「共に民主党」がこんな話をする真意は別にある。対米関税交渉が順調に進めば、韓代行への国民の支持が上がると心配しているのだろう。

――見出し通りに韓国はワンチームになるのでしょうか?

鈴置:分かりません。ただ、この社説への読者の書き込みを読む限り、期待は持てません。コメントのほとんどが保守と左派の読者による相手への罵倒なのです。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『韓国民主政治の自壊』『米韓同盟消滅』(ともに新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

デイリー新潮編集部

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