媚中か親米か…「トランプ関税」で分裂の韓国 ドタバタの大統領選に現れた“台風の目”とは
トランプが「韓悳洙政権」に期待?
――米国との関税交渉が中国との戦争に巻き込まれるか否か、という問題に変質した……。
鈴置:話はさらに複雑になりました。トランプ大統領が韓悳洙首相の次期大統領就任を歓迎するかのような発言をしたと報じられたからです。
4月8日の米韓首脳電話協議で、トランプ大統領が韓悳洙首相の英語を褒めた、と韓国政府が明かしました。初めは通訳を入れて話していたものの、韓悳洙首相は途中から英語に切り替えたのだそうです。
「英語は苦手」と自認する石破茂首相が、トランプ大統領との会談や電話協議はすべて通訳を使ったことと比べ「日本に勝った」と誇りたかったのかもしれません。
問題はその後でした。中央日報が特ダネとして「トランプ大統領が電話協議の最中、韓悳洙首相に『大統領選に出馬するのか』と聞いた」と報じたのです。「[単独]トランプ、『大統領選に出るのか』…韓悳洙に直接聞いた」(4月10日、韓国語版)です。要約します。
・9日、事情に精通する消息筋が「トランプが通話中に韓代行に対し大統領選挙に出るのか、と聞いた」と述べた。
・これに対し韓代行は「色々な求めも状況もあって悩んでいるところだ。決めたことは何もない」との趣旨で語り、即答を避けたと消息筋は伝えた。
・この消息筋は「特定の選択肢に重きを置くというよりは、対話を滑らかに続けるといった感じで短い問答が交わされた」と説明した。
巻き起こった待望論
このニュースが伝わった途端、与党「国民の力」の中からは韓悳洙待望論が湧き起こりました。6月3日投開票の次期大統領選挙で「国民の力」は苦戦が予想されています。有力な候補者が見当たらないのです。
そのうえ、尹錫悦弾劾で党は賛成派と反対派に割れました。当然、しこりは残っており誰が大統領候補になっても、挙党態勢を組むのは容易でなさそうです。
一方、野党「共に民主党」には、2022年の大統領選挙で僅差で敗れた李在明(イ・ジェミョン)前代表という圧倒的な知名度を誇る候補者がいます。世論調査では30%台の支持率を常に維持し、「国民の力」の最有力候補者を約20%ポイントも引き離しています。
ただ、李在明前代表にも弱点があります。地方自治体の首長を務めた当時に企業に便宜を図ったり、北朝鮮への不法送金に関係したとして取り調べを受けたりしており、徹底的に嫌う人も多い。だから、保守政権の戒厳令宣布という大失態にも関わらず、支持率が30%台で頭打ちなのです。
経済官僚のエース
韓悳洙氏は1949年6月生まれの75歳。ソウル大学を卒業し、財務省から公務員生活を始めました。仕事ができるうえに篤実なため、韓国の経済記者は早くから経済官僚のエースと見なしていました。
実際、通商交渉本部という組織が誕生した際には初代の本部長に任命されるなど、対外交渉の第一人者に育ちました。のちには駐米大使も務めました。
もし、韓悳洙首相がトランプ大統領との関税交渉で成果を出せば、国民的な英雄になるのは間違いありません。保守だけでなく中道の多くも韓悳洙氏を支持するでしょう。
李在明氏を嫌う左派の一部も韓悳洙支持に回る可能性があります。韓悳洙氏は議員の経験もなく政治色は薄い。左派の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権(2003-2008年)では最後の首相を務めてもいます。そもそも左派の地盤である全羅道出身です。なお、韓国では首相は政治家ではなく、官僚が務めるのが普通です。
韓悳洙氏に期待がかかるのは「人格識見」に加えて「対米関係」からでもあります。「反米・反日」で名を売って来た李在明前代表が政権を握れば、米国との関係が悪化するのは必至です。
大統領選への出馬を表明した4月11日にも李在明前代表は「実用主義」を掲げて中国との関係改善を唱えました。要は尹錫悦政権の親米外交の否定です。
これまでの米国なら、多少の「反米ごっこ」は見逃してくれたかもしれませんが、敵か味方かを峻別するトランプ大統領はそんなに甘くありません。
一方、「韓悳洙大統領」ならトランプとの良好な関係が期待できる。好意を寄せていないのならトランプ大統領も「出馬するのか?」とは聞かないでしょう。左右対立の決戦場である次期大統領選挙に、意外な形でトランプ大統領が絡み始めたのです。
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