媚中か親米か…「トランプ関税」で分裂の韓国 ドタバタの大統領選に現れた“台風の目”とは

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 尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の罷免を巡り火が付いた韓国の左右対立。それに「トランプ関税」が油を注いだ。保守が米国との同盟強化を切り札に関税引き下げを狙えば、中国の顔色をうかがう左派は親米路線の否定に動く。6月の大統領選挙も絡み韓国は今、「米中どちらにつくのか」の岐路に立ったと韓国観察者の鈴置高史氏は言う。

「中国との共闘」を疑った米国

鈴置:現在、大統領権限を代行する韓悳洙(ハン・ドクス)首相が4月8日、トランプ(Donald Trump)政権が韓国に課した25%の相互関税に関し「中国との共闘」を否定しました。

 米CNNのインタビューで、日本や中国などと連携して米国の関税に対抗するかと問われた際「我が国がその道をたどることはない」と答え、「抗戦によって状況が劇的に改善するとは思えない」と語りました。

韓国大統領代行、トランプ関税に中国と真逆の対応 CNN EXCLUSIVE」(4月10日、日本語版)で読めます。

 CNNの質問からは、トランプ政権の強引な関税設定に怒った同盟国が中国と手を組んで反米包囲網を結成するのではないか、との懸念がうかがわれます。

 それらしい動きもありました。3月30日に日中韓が5年ぶりにソウルで経済貿易担当大臣会合を開催し、「ルールに基づいた国際秩序」を謳ったからです。

 日本以上に中国に近いと見なされる韓国のトップが明確に「韓中共闘」を否定したことでCNNは――米国はほっとしたに違いありません。見出しの「中国と真逆の対応」からもそれがうかがえます。

 韓悳洙首相も米国の誤解を解いておきたいと考えたのでしょう、翌9日もFacebookに「報復関税で強硬対応する国もあるが、韓米同盟を安保同盟から経済同盟へと格上げしていくことの方が賢明な解決策」と書き込みました。

中国との関係を壊すな

 韓悳洙首相の姿勢に猛烈に反発したのが左派系紙、ハンギョレでした。4月9日の社説「“トランプ関税”性急な妥結・成果を急ぐ時ではない」(韓国語版)からポイントを訳します。

・懸念すべきは、無理な関税によって政治的危機に陥ったトランプ大統領に、韓権限代行が誤った信号を送った可能性があるということだ。
・韓権限代行は先のCNNとのインタビューで今回の事態を「残念なこと」(a pity)と規定しながらも、対米交渉力強化のために韓中日が協力するという「道は選ばない」と一線を画した。
・さらに韓米は「意思を通じ、協力し、共に仕事をせねばならない」とし「win winという解決方法を探すために努力」すると強調した。
・我々が安保など様々な理由で米国と緊密に協力するほかはない状況ではあるが、もうひとつの重要な“協力パートナー”である中国との協調可能性カードを自ら捨て去ったということだ。そうなれば我々はひたすら米国に“善処”してくれと泣きつくしかない。

――「中国側に行くぞ」と脅して米国から譲歩を引き出す作戦ですね。

鈴置:韓国のそうした「米中二股」外交が今後も可能かは怪しい。まずは米中対立が激化し、どっちつかずの国の存在が許されなくなるであろうこと。もうひとつはトランプ大統領の性格です。今回も世界中に向かって関税戦争を仕掛けたことで分かるように、韓国という小国の脅しにひるむような人ではないからです。

台湾有事には韓国も協力せよ

――では、なぜハンギョレは「米中二股」に固執するのでしょうか。

鈴置:米中激突が貿易戦争に留まらないからと思われます。米国は中国との本当の戦争にも着々と備えている。米軍関係者の間からは、台湾有事の際には韓国にも協力させるべきだとの声が上がり始めています。

 今後、米国はトランプ関税に関する交渉の中で韓国に対し「米中紛争時に在韓米軍の投入を認めろ」と要求する可能性が高い。

 中央日報がそんな米国の空気を報じました。「米上院で『在韓米軍、台湾有事の際にも活用可能…韓国も同意すべきだ』」(3月27日、韓国語版)です。

・米上院外交委が[3月]26日に「インド太平洋同盟と安全保障負担分担」を主題に開催した公聴会で、スタンフォード大学フリーマン・スポグリ国際研究所のオリアナ・スカイラー・マストロ研究員は事前提出資料を通じ、「台湾危機時に、米国はキャンプハンフリーズなどの[在韓]米軍基地と韓国軍のインフラを活用して作戦柔軟性を向上させることができる」とした。
・彼は韓国が地理的に中国本土に近く、日本と同様に台湾とも近く米軍基地15カ所と約2万8500人の米軍が駐留している点を指摘し、こう語った。
・台湾有事の際に米国と韓国の間で政治的合意が必要だという分析も出てきた。戦略国際問題研究所(CSIS)の韓国専門家ビクター・チャ氏は「台湾偶発事態を念頭に(防衛)能力を再構成することは、米中対立に巻き込まれることを敬遠する韓国の伝統を考慮すると問題がある。台湾に対する侵略が発生する場合、朝鮮半島での米軍の駐留、後方支援、北朝鮮を抑止する韓国の能力に対する変化を考慮する政治的な合意を引き出さなければならない」と述べた。

 トランプ大統領は4月8日、韓悳洙首相と電話協議をしましたが、直後に「ワンストップショッピング」という単語を使い、関税と防衛問題をリンクさせて話し合う方針を打ち出しました。

 日本では「台湾有事は日本有事」との覚悟が広まっています。中国が台湾に侵攻すれば在日米軍が応戦する。すると在日米軍の発進基地である沖縄や佐世保が中国によって攻撃される可能性が高まるからです。

 一方、韓国では「台湾有事の際の助っ人は日本に任せておけばいい」とほとんどの人が考えている。韓国は北朝鮮と対峙していることで韓米同盟の義務は十分に果たしている、との理屈です。

 そこで左派を代表するハンギョレが「台湾有事の火の子をかぶりたくない」との思いを念頭に韓悳洙首相を非難したのです。保守からもこの非難に賛同する人が出るでしょう。

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