「赤身肉ばかり食べると危ない?」知られざるリスクとは アラスカ先住民が教える「脂肪の本当の役割」

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 健康志向の高まりとともに、脂肪の少ない赤身肉の人気が高まっている。今では肉の脂肪含有量が多いと、安い値が付くほどだという。

 しかし脂肪は人間にとって必要不可欠な栄養素であり、太古の昔から人類は脂肪を求めて生きてきた。実際、赤身肉ばかり取っていると、人体に深刻な影響があるという。

 現代では嫌われ者になってしまった脂肪を、歴史と科学の両面から再評価する『脂肪と人類 渇望と嫌悪の歴史』(イェンヌ・ダムベリ著、久山葉子訳、新潮選書)から一部を抜粋、紹介する。

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 今のように脂を切り取ったり溶かしたりして捨てるというのは祖先には理解し難い行為のはずだ。昔は脂こそが何よりも手に入れたいもので、初期の宗教でも神への捧げものだった。欲し求め、最後の一滴まですすりつくす──そんな存在だったのだ。

 そもそも私たちが人間になれたのも、脂が決定的な役割を果たしたと主張する専門家もいる。人間が他の霊長類と一線を画す要因が直立二足歩行だが、他の生物と比べて不自然に大きな脳によって必要な栄養の量が決まった。重さにして1.5キロにも満たず、成人なら体重の数%にすぎないが、その脳が身体に必要なエネルギーの約4分の1を消費しているのだ。脳の神経1グラム1グラムが筋肉の16倍のエネルギーを貪る。身体を家計にたとえると、脳を養うためのエネルギーが予算を大きく占めている。

 しかし、今の食肉業界では解体した肉の脂肪含有量を測定し、脂肪が多いほど安い値がつく。生き延びるために狩りをしていた時代とは脂肪のステータスが真逆だ。
 
 狩りで生きていた人々にとって赤身の肉は価値がなかった。たんぱく質のみを分解してエネルギーを得るのは非効率だし、長期的には肝臓や腎臓といった主要な臓器に害を与え、脱水症状や食欲低下を起こし、最後には筋肉が分解されてしまう。

赤身肉ではエネルギーが足りない

 その状態を脂肪の少ないウサギ肉になぞらえて「ウサギ飢餓」と呼ぶこともある。なお、でんぷんや食物繊維あるいは各種の糖質を摂取していればそこまで脂肪を必要とはしない。炭水化物が分解されてグルコースになり、細胞や脳にエネルギーとして供給されるからだ。
 
 しかし当時の狩猟採集民、とりわけ最北の地に暮らす人々にその選択肢はなかった。炭水化物は一年のうちのわずかな時期しか手に入らず、それもごく限られた量だった。ということはやはり脂肪しかない。
 
 ノルウェーの極地研究家ヘルゲ・イングスタと妻のアンネ・スティーネは、ヨーロッパから最初に北米に渡ったのはヴァイキングだったという説を提起して有名になった。イングスタはまた、1950年代に長期間アメリカの先住民族と生活を共にし、著書『ヌナミウト:アラスカの内陸エスキモーと暮らして』でも当時の先住民が遥か昔と変わらぬ方法で野生のトナカイを糧にしている様子を描いた。

トナカイの骨髄を生のまますする

 基本的にトナカイを狩るのは脂ののった秋で、背中や内臓回りの脂は切り取って冬のために保存する。しかしこの脂の在庫が心もとなくなると大変だ。

“脂肪飢餓が深刻化する。手に入る脂肪といえば骨の中の骨髄だけ。生のまますするが、この季節には言葉に尽くせないほど贅沢だ”

 イングスタは脂肪が不足する様子をこのように描写している。

“トナカイには肢が四本しかない。だからトナカイを一頭捕えても、全員がその恩恵に与(あずか)れるわけではない。そういうことなのだ。脂肪がほぼないトナカイの固い肉だけの生活が長引くのは楽しいものではない。常に空腹を感じながら暮らすことになる。胸が空っぽになったような気分。際限なく食べても満足できない。そして体調にも変化が現れ、寒さがこたえるようになる。簡単なことでも気合を入れなければできなくなる”

 あの固い肉を噛み続けるのは苔を噛んでいるようなものだ──とガイドのパネアクも同意する。

 カナダ人極地研究家のヴィルヤルマー・ステファンソンも長期間北米の先住民族と暮らした経験があり、「ウサギ飢餓」という言葉を最初に使ったのも彼だ。

“ここでは赤身肉による死は珍しい。誰もがその危険を承知しており、避けるためにあらゆる手を尽くすからだ”

 ステファンソンは著書『大地の脂肪』にそう記している。

※本記事は、イェンヌ・ダムベリ著(久山葉子訳)『脂肪と人類 渇望と嫌悪の歴史』(新潮選書)を一部抜粋したものです。

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