「ポリエチレン」がドイツ軍のUボート隊を殲滅した? 世界大戦の戦局を変えた新素材とは

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 石器時代、青銅器時代、鉄器時代といった時代区分があるように、人類の歴史において「材料」が果たしてきた役割は大きい。新たな材料の登場は、文明を次のステージへ飛躍させると同時に、その覇者をも決めてきた。

 それは現代においても変わっていない。サイエンスライターの佐藤健太郎氏の新刊『世界史を変えた新素材』(新潮選書)では、新素材の開発が、国家の命運を大きく左右してきた歴史が描かれている。

 たとえば、第2次世界大戦において、潜水艦「Uボート」など最新兵器を擁するナチス・ドイツ軍の前に、防戦一方だったイギリス軍が、形勢を逆転するきっかけの一つになったのは、「ポリエチレン」の開発に成功したことだった。

 ポリエチレンと言えば、いわゆるポリバケツやポリ袋などの原材料として使われるプラスチックの一種である。今ではごくありふれた素材だが、それがなぜ第2次世界大戦の帰趨を決する役割を果たしたのか、以下、同書をもとに紹介しよう。

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 1933年、イギリスのインペリアルケミカル工業(ICI)社において、エチレンガスをベンズアルデヒドという物質と反応させる実験が行われていた。ある日、装置内にエチレンを注ぎ足す際、微量の酸素が偶然入りこんでしまう。実験後、反応容器を開けてみると、内部が白いワックス状のもので覆われていた。

 やがてこれは、エチレン同士がたくさんつながり合った物質、すなわちポリエチレンであることが判明する。偶然入りこんだ酸素が、エチレン同士を連鎖的に次々とつなぎ合わせる反応を起こすスイッチ、すなわち「触媒」として働いたことにより、ポリエチレンが生成されたのである。

 こうして、イギリスは幸運に助けられて、ポリエチレンの製法を確立することができた。生産プラントが動き出したのは1939年、すなわち第2次世界大戦の始まった年だった。このタイミングは、世界の歴史にとって決定的に重要であった。

 この時期、レーダーの開発に各国がしのぎを削っていたが、大きな装置であるため、艦船や航空機への搭載はまだ不可能であった。しかし、軽量かつ電気絶縁性に優れたポリエチレンの登場により、アンテナなどの部品デザインの自由度が一挙に増した。ポリエチレンは、イギリス軍のレーダーの設計に革命を起こしたのだ。

 1941年には、イギリス軍はレーダーを搭載した夜間戦闘機を開発し、ドイツ軍の夜襲を封じた。またドイツ軍に数々の戦果をもたらしてきた潜水艦「Uボート」も、レーダー出現後は、これを搭載したイギリス軍航空機によって次々と撃沈されてゆく。

 イギリスはレーダー技術を友邦アメリカにも供与し、これが太平洋戦争の戦局を変える大きな要因ともなった。ポリエチレンの登場は、ドイツだけでなく、日本の運命をも大きく左右したのだ。

 実は、ドイツでもイギリスに先立つこと35年も前に、ポリエチレンの開発に成功しかけたことがある。1898年にドイツ人化学者ハンス・フォン=ペヒマンが、ジアゾメタンという化合物を作る際に偶然白いワックス状の物質ができたことを観察し、これを「ポリメチレン」と名付けていたのだ。しかし当時の技術では取り扱いが難しかったのか、それ以上の進展は見られなかったようである。

 もしペヒマンが「白いワックス状の物質」の持つ価値に気づいていたら、あるいはICI社の研究陣がその価値に気づくことなく捨ててしまっていたら、果たして世界はどうなっていただろうか――。

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 11月23日(金)18時から、東京・八重洲ブックセンター本店で、サイエンスライターの佐藤健太郎さんと、立命館アジア太平洋大学学長の出口治明さんの2人が、世界史を変えてきた材料についてトークイベントを行う。
詳細はhttps://www.bookbang.jp/article/560532

デイリー新潮編集部

2018年11月7日掲載

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