もともと全く意味の異なる「歳」と「才」が、年齢を表すようになった理由…校閲者は“漢字の書き分け”にどれくらいこだわるか
「萎」と「委」の関係は
他の例としては、「萎縮」「委縮」も原稿でよく見ます。「委」のほうが代用字です。辞書を引いてみると、「明鏡国語辞典 第三版」には、
〈「委縮」は、「萎」が表外字であった時代の代用表記〉
とあります。表外字というのは、基本的には「常用漢字表にない字」を指します。ここで注意したいのは、「表外字であった時代」という表現です。実は「萎」は、かつては表外字でしたが、2010年に29年ぶりの常用漢字見直しが行われた際、常用漢字に追加された文字の一つなのです。つまり、2010年の前後で新聞紙上における「委縮」「萎縮」の表記基準が変わったということになります。
では、原稿で「委縮」と出てきたら校閲者はどうするか?
とある新聞社の校閲記者に訊いたところ、その新聞社では「そもそも記者のパソコンでは“委縮”と変換することができない」とのこと。なるほど、そういうシステムがあるのですね。また、出版社に所属する私の周りでも、基本的には「萎」にする方向で疑問を出す場合が多いように思います。漢字本来の意味を尊重することと、常用漢字であり一般的にも流通している文字であることなどが勘案された結果でしょう。ただし、著者の意向がある場合はもちろん「委」で大丈夫です。
カッコいい漢字の書き分け?
では「貫録」と「貫禄」はどうでしょう。「禄」が本来の字で、「録」は代用字です。しかし実は「禄」は常用漢字ではありません。ですが「人名用漢字」にはラインナップされています。人名用漢字とは「常用漢字ではないが、人の名前(苗字ではない)に使用可能な漢字」のことです。ちなみに私の名前「允人」の「允」も人名用漢字です。
辞書での扱いはどうでしょうか。先ほどの「明鏡国語辞典」には、
〈新聞は「貫録」で代用してきたが、今は「貫禄」と書く〉
とあり、「三省堂国語辞典 第八版」にはそもそも「貫禄」のほうしか載っていません。なお、「唯一の高校教科書密着型辞典」と銘打たれた「三省堂現代新国語辞典 第七版」(個人的に大好きな辞書です)には「貫禄」「貫録」の両方が載っていました。出版校閲者の立場としては、「委縮」の際と同様の扱いが望ましいと個人的には考えています。
このような事例を、ある友人は「カッコいい漢字の書き分け」と呼んでいました。委縮より萎縮、貫録より貫禄のほうがなんかカッコいい、とのこと。気持ちは分かりますが、もちろん主観ですね。
新聞のような表記基準がない場合、校閲者としての私が「代用字より本来の表記の方がカッコいいから、絶対に直しましょう」という態度を取ることは当然、ありえません。ただ、こだわりがないのであれば、本来の表記(しかも、常用漢字や人名用漢字として充分に流通している漢字表記)にする方針も悪くないのでは、とは考えています。あくまでケースバイケースですが。
実は、この話にはまだまだ続きが。「掩護」「援護」のような例もあるのですが……続きの原稿執筆の「代用」ならぬ「代行」を募集したいところです。



