「ラーメンは宇宙」「店では黙って丼に集中」 世界的ピアニスト「上原ひろみ」が語り尽くしたラーメンと音楽の意外な共通点とは

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「ラーメンは宇宙」

 筆者が初めて彼女のレコーディングに同行したのは2005年のこと、3枚目のアルバム「スパイラル」のときだった。場所は米ナッシュビルのブラック・バード・スタジオ。レコーディングを終え、初めてアルバム1枚を通して聴くとき彼女はフロアに体操座りをして、スタッフが日本で買ってきたカップラーメンをうれしそうに食べた。それが当時、作品が完成すると行われる彼女流の“儀式”だった。

「頑張った自分へのごほうび」

 そううれしそうに言ったのをよく憶えている。

 当時彼女はボストン在住。当時のアメリカでは、カップラーメンがまだ貴重品だったのだ。

 キャリア初期の日本のマネジメント事務所は東京・目黒にあった。その近くにあるラーメンの名店にもよく寄った。カウンターでラーメンと向き合う彼女の目は真剣そのもの。

「1つの丼で完結していることもラーメンの魅力の1つです。あの中にすべてがつまっている。ラーメンは、存在もルックスも、私にとっては宇宙だと感じます」

 かつてニューヨークに、週末の深夜に1時間だけラーメンを提供する焼肉店があった。1週間分の豚骨でスープを煮る濃厚なラーメンを食べるために、彼女は終演後、着替えもそこそこに店に向かった。おいしいラーメンを食べるためには、海外だろうが、深夜だろうが、労を惜しまない。

「あのお店にはコロンビアのハープ奏者、エドマール・カスタネーダも誘いました。彼はラーメン初体験で、すごく感激してくれた。後に来日したとき、彼は訪れる街々でラーメンを堪能していました。ラーメン・アンバサダーとしては、私と音楽をやるミュージシャンも、私の音楽を聴いてくれる人もラーメンを知って好きになってほしい。Sonicwonderのメンバーは私のほかはアメリカ人とフランス人ですが、全員ラーメンが好きです」

音楽とラーメンに共通すること

 彼女は数年に1度のペースで、シンガーソングライターの矢野顕子とピアノのデュオをやる。ショーのクライマックスは矢野の曲「ラーメンたべたい」。矢野もラーメンが好物だ。曲のアレンジは上原。毎回違うテイストで演奏している。2人は今もNYに新しいラーメン店ができると連れだって出かけている。

「NYではヴィレッジの『E.A.K.RAMEN』に行くことが多いかな。店名のとおり、濃厚豚骨醤油の家系ラーメンです。ロンドンでは『Bone Daddies』でしょうか。私のデビュー当時は、海外ツアー中にラーメンを食べる機会はほとんどありませんでした。でもこの20年で、ニューヨークでもロンドンでもパリでも、アムステルダムにも、世界中の大都市においしいラーメン店ができています。日本国内と違い、海外の多くの街では、いい水を大量に手に入れるのが困難です。それでも高いレベルで勝負している。一麺入魂。音楽家が1曲に勝負をかける気持ちと同じでしょう」

 音楽とラーメン。二つに重なる要素を本人に聞くと――。

「それは、作り手の人生がつまっていること」

 きっぱりと言った。

「ラーメンに特化しているお店、ラーメンで勝負しているお店の一杯は、店主の人生の縮図です。私が1曲演奏する気持ちと重なるものを感じます。だから、おいしいラーメン店と出合ったら、次に訪れるまでに、そのお店のルーツを調べます。創業した年やいきさつなどを知りたい。老舗もあり、新鋭もあり、しのぎを削っていることがわかります。お店は渾身の一杯を提供し、お客さんが味わい、その関係によってラーメンが進化していく。音楽のライヴのコール&レスポンス、ステージと客席のエネルギーの交換に近い関係です」

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