爆発音と衝撃と突風に襲われて「ガラスの雨を浴びた」…69人死傷「日比谷線」脱線衝突事故から25年 乗客が咄嗟に“土砂崩れ”と勘違いした理由
足の踏み場もないくらい血の海に
岩と思ったものは、下り電車の剥ぎ取られた側面だったのである。座っていた男性は頭から血を流し、グッタリとしていた。その隣の女性も、身動きできずに泣いている。
「しばらくして、“瓦礫をどかせ”と誰かが大声で怒鳴るのを聞いて、やっと現実に引き戻されました。私も起き上がり、近くに倒れていた女性の上の瓦礫をどかし、声をかけて体を揺すってみました。しかし、ピクリとも動かなかった。そうやって必死に作業をしている時、床に血がだんだんと広がっていったのです。どこから流れてきたのか分らないのですが、それはアっという間に足元まで迫り、しばらくすると足の踏み場もないくらい、一面、血の海になってしまいました」
石川さんが、それでも右手の指を数針縫うだけの軽傷で済んだのは、まさに不幸中の幸いという他ない。この事故で亡くなった5人は全員、石川さんと同じ上り電車の6両目の乗客。しかも、周囲にいた人ばかりだったのだ。
一方、脱線して突っ込んできた下り電車の最後尾の乗客は、負傷こそしたものの死者は出ていない。外から見る限り、こちらの方が側面が車両の中ほどまで剥ぎ取られて被害は大きく見えるのだが、乗客が5人だけだったことも幸いしたのか、乗客へのダメージは小さかったようなのだ。
前の車両は音だけで大きな衝撃もなく
さらに同じ上り電車でも、すぐ前の車両の乗客は、死者が出るほどの事故が起きたことさえ気づいていなかったというから驚くしかない。
「私は5両目の中ほどの左側の座席に座っていました。結構、集中して本を読んでいたのですが、本を落とすこともなかったし、立っている人でも、倒れることはなかった。音だけで、大きな衝撃はなかったんです。車がすれ違う時にミラーが擦った程度の、せいぜいそんな事故だと思っていました」(乗客の1人)
ほんの小さな偶然が命運を分けたことになる。亡くなった麻布高2年、富久信介君(17)の父親は11日の葬儀で、「信介、ひどいよな。お前の命が1、2秒で吹き飛んだんだ。いきなり後ろから脳天をかち割るなんて……」と体を震わせながら遺影に語りかけたという。
「葬儀で主人が息子に向かって語った言葉は、私たちが今感じている気持のほんの一部分です。もっと複雑な気持を抱えているのですが、とにかく悲しい、悔しいという言葉でいっぱいで、今は何も申し上げることができません」
と改めて母親は語ったが、たまたま期末試験で遅い電車に乗ったことが悲劇に繋がったのだから、悔やんでも悔やみきれないのは当然だろう。
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