年5回の密会を続けて7年超…52歳夫が“現地妻”と決めた「もしも」の時の2週間ルール

  • ブックマーク

「こういう人と結婚するのがいいんじゃないか」

 ねえ、カラオケでも行かないと彼女が誘った。週末だったこともあり、ふたりは朝までカラオケボックスで歌ったりしゃべったりしながら、8時間近く一緒にいた。咲紀子さんは、朝になっているのを知って「わあ、びっくりした。実は私、男女問わず、ふたりきりで長時間一緒にいるのが苦手なの。あなたとは違和感を覚えなかった」とニコッと笑った。

「僕も女性と長時間、一緒にいたのは久しぶりでしたが、咲紀子とは怪しい雰囲気にならなかったし、居心地がよかった。女性として見ていないわけじゃないんですよ。だけど妙に意識をせずにすんだ。こういう人と結婚するのがいいんじゃないかと思いました」

 つきあおうという言葉もないまま、ふたりは週に1、2回、会うようになった。彼女の仕事が多忙なときは、彼が彼女の部屋に行って家事をすることもあった。結婚もしていないのに彼女の下着を洗ったり、風呂を洗ったりもした。

「帰ってきた彼女は、ありがとう~って大げさにハグしてくるんです。もちろん、性的な関係もありましたが、それ以上に日常的なボディタッチが多い。それもまた居心地がいいんですよね」

 男女の関係になって半年もたたないうちに結婚を決めた。彼が37歳、咲紀子さんが35歳のときだ。子どもについては自然に任せようということになった。

「ふたりで高校時代の親友の両親に会いに行きました。電話したらぜひ来てと言われて。『朋ちゃん、ようやく結婚するのね、よかった』と彼のおかあさんに言われて、なんだか僕もホッとしました。咲紀子は仏壇に丁寧に手を合わせ、『朋ちゃんと一緒にがんばっていきます』と言いました。彼の母親にもよけいなことは一切言わなかった。彼の母親は帰りに一言、『すばらしい人を見つけたね。うちの息子も喜んでるわ、きっと』と。胸のつかえが本当にきれいにとれた気がしました」

 いろいろなことを話せる妻を得て、彼は生きるのが楽になった。結婚後、すぐに咲紀子さんの妊娠がわかり、翌年にはひとり娘に恵まれた。かわいくてかわいくて、彼は仕事をずる休みしそうになったことが何度もあると言う。

もうひとつの“ルーティン”が…

 落ち着いた生活を送っていたのに、そこにもうひとつの“ルーティン”が入り込んできたのは彼が42歳のときだった。

「出張で西日本のある県庁所在地に行ったときのことです。昼過ぎにどこかでランチでもとろうとぶらぶらしていたら、『朋宏さん』という声がして……。振り返ったら、昔、独身だと思い込んでつきあっていたユリが立っていた。どうして、とお互いに声が出ました」

 ランチにつきあってもらって話をすると、彼女はあれから父親を亡くしたことで夫との縁も切れ、離婚したという。今は実家のあるこの街で、ひとり息子と母と3人で暮らしているのと話した。

「一泊の出張で、現地の仕事先と食事の約束があったから迷ったけど、今夜遅くに会えないかと言いました。頼む、どうしても会いたい、話したいと。『わかった。母の目をすり抜けて来るわ』と彼女は言ってくれ、夜遅くにホテル近くのバーで会いました」

 遅れてやってきた彼女の姿を見たとたん、やはり自分にはこの人しかいないという思いが募った。家庭は大事だけれど、ユリさんに再会できたのは奇跡のようなもの。この奇跡をつかまえなければ、人間じゃないと彼は思った。

「会社の出張で行っているからホテルは使えない。ふたりで別のホテルに行きました。彼女は1時間くらいで帰らなければというので、慌ただしい逢瀬でしたけど、それでも10年分が埋まるような気がしました」

次ページ:出張は終了 しかし…

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。