「池袋暴走事故」から5年…妻子を亡くした遺族が、「93歳の受刑者」との“対話”に見出す未来「被害者、加害者どちらの言葉も社会の財産になる」

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受刑者との対談は「集大成」

 こうした経緯があったにもかかわらず、加害者と向き合おうとする姿勢には、友人たちから「お人好しだ」と言われた。「はたから見たら綺麗事に聞こえるかもしれない」というのは松永さん自身も分かっている。それでも尚、飯塚受刑者の言葉を「財産」にしたいと考えているのだ。その訳を松永さんはずばりこう言った。

「事故直後に真菜と莉子の遺体を前にして、自分の心に固く誓った目標がブレないからです」

 目標とは、真菜さん、そして莉子ちゃんの命を無駄にしないように生きていくことだ。それは交通事故の再発防止に向けた活動で、松永さんは副代表理事を務める関東交通犯罪遺族の会「あいの会」を通じ、政府関係機関への働きかけや講演、SNSでの情報発信などをこれまで行ってきた。飯塚受刑者への面会申し入れ、そして対談はその「集大成」なのだ。それを実現するためには、飯塚受刑者に対するマイナスの感情は「不要」だと、松永さんは葛藤を抱えつつも自分をコントロールし、活動を生きる力に変えている。

「悲しい話をしますが、交通事故は人間が運転する以上はゼロにはならない。でも少しでも減らすことはできる。その目標に近づくために、彼の言葉が必要なんです。でもこれは事故の再発防止をしたいっていう僕のエゴ。だから押し付けるつもりはありませんが、被害者と加害者という関係を超え、一緒にそういう視点を持ちませんかという提案です」

「本当の言葉だと受け取っています」

 その松永さんの思いに対し、飯塚受刑者が応えた。今までは散々裏切られてきたが、今回は信じてみよう。それが松永さんの素直な気持ちだった。

「確かにこれまで(飯塚受刑者の言動に)振り回されてきたのは事実です。ですが、彼とはもう裁判上の利害関係がない中で面会の意思を示してきているので、本当の言葉だと受け取っています。彼の中にも覚悟がないと面会や対談を受け入れる言葉って発せないと思いますので」

 飯塚受刑者への面会は5回目の命日以降、できるだけ早めに申し入れたいという。

「伝達制度で問いかけた質問を踏まえて話をしたい。彼の中での後悔とか、こういう点が不便だから車を使わざるを得なかった、あるいは社会がどう変われば自分は事故を起こさなくて済んだのか、という彼の言い分を聞きたいのです。ひょっとしたら、世間からは言い訳をするなと叩かれるかもしれません。でも、その言い分こそが再発防止には大事で、事故につながる根本的な原因が見えてくると思います」

 松永さんら遺族は今日、事故が起きた12時23分に合わせて現場で祈りを捧げる。

水谷竹秀(みずたにたけひで)
ノンフィクション・ライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、『日本を捨てた男たち』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。2022年3月下旬から2ヵ月弱、ウクライナに滞在していた。

デイリー新潮編集部

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