「あなたをおじいちゃんと呼んでみたいんです」 歌人・木下龍也が亡くなった祖父にもう一度会いたいと強く願う理由

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祖父についての唯一の記憶

『あなたのための短歌集』『オールアラウンドユー』などの著書を持つ、歌人の木下龍也さん。鈴木晴香さんとの共著『荻窪メリーゴーランド』も話題の彼が、もう一度会いたいと強く願うのは母方の祖父だという。どうして祖父は祖母と離れて暮らしていたのか、その理由は今も分からないままで……。

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 目の前に立つ祖父が、折り畳まれた紙幣を僕に差し出している。たった3秒くらいの短い映像が、母方の祖父についての唯一の記憶だ。場所は、おばあちゃんが一人で住んでいたマンションの一室で、その映像には音も色もない。差し出された紙幣を僕が受け取ったのかどうかも覚えていないし、左手の向こうにあるはずの表情も逆光で見えない。けれど、見上げた視界の中心にいるその人物が祖父であると、幼い頃の僕は記憶している。

友人たちの家庭とは異なる祖父母の関係

 祖父は遠方に住んでいて、ときおりおばあちゃんの家に帰ってきていた、というのをかつて親戚が僕に教えてくれた。単身赴任で、という平穏な理由ではなかったようだ。ふたりの関係性について、当時の僕も友人たちの家庭とは少し違うなと思っていたかもしれないが、どうしてそうなのかを聞けるほど無邪気な子どもではなかったし、たとえ聞いても理解はできなかったはずだ。僕がおばあちゃんの立場だったら耐えられそうにない話もいくつか耳にしたけれど、二人にどんな事情があって離れて暮らしていたのか、本当のところは今も知らない。そのような状況で、たまたま帰って来ていた祖父と僕が遭遇し、冒頭の記憶が残された、ということだろう。

 あなたが生きていた頃の記憶はそれだけしかなくて、他に覚えていることといえば、あなたの葬儀で、あなたの死に顔も見ずに、境内に敷かれた砂利を飽きるまで踏み鳴らしていた昼下がりの自分の足元の映像くらいだ。

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