国家権力が一気に山口組を壊滅できない事情 「生かさず、殺さず」か「息もさせない」か

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 暴力団に関するニュースを伝えた場合、次のようなコメントがかなりの支持を得る。

「なぜ警察は暴力団を壊滅させないのか。存在自体が違法ではないか」

 この疑問について、『令和の山口組』の著者、山川光彦氏に現状や警察側の事情などを解説してもらおう。

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壊滅作戦は発動している

 みなさんの中には、警察はなぜ山口組を潰さないのか、と考える向きもあるでしょう。

 しかし、当局が本気を出せばヤクザ組織は潰れます。それは、市民への危害が相次いだことで、ヤクザ組織で唯一、暴対法による「危険集団」(特定危険指定暴力団)の烙印を押された「工藤會」(北九州市)がその後、どうなったかである程度は察しがつきます。

 拙著(『令和の山口組』)から該当の解説部分を引用します。

〈「修羅の国」と呼ばれた北九州で、山口組以上の鉄の結束を誇った工藤會トップである野村悟総裁とナンバー2が複数の市民襲撃事件をめぐって、殺人(及び組織的な殺人未遂)の容疑で2014年に逮捕され、21年に福岡地裁は野村総裁に死刑を言い渡しました。

 組行事のたびに400人の組員が集結していた鉄の要塞「工藤會館」は、(公安委員会の)使用制限命令を受け、その後、売却・解体されました。わずか15年前(2008年)に1200人を擁した勢力は、8割も減って230人(22年末)へと激減。警察庁の肝煎りで、捜査・司法・行政が一体となって2014年に開始された「工藤會壊滅作戦」の劇的な成果でした。

 分裂抗争中であっても「公の場所で喧嘩やトラブルを起こすな」と傘下に再三注意している山口組を、「危険集団」のレッテルを貼られた工藤會と同一視することはできません。ただ、警察庁は「弘道会の弱体化なくして、山口組の弱体化なし」との掛声の下、司組長、高山若頭の出身母体である中核組織・弘道会を名指しして「壊滅作戦」を発動しています。〉

 それでも、山口組がヤクザ社会の最大組織として君臨している現実に変わりはありません。

 では、いっそ山口組や弘道会に、かつてオウム真理教への適用が検討された破防法や、いま統一教会への発動が噂されるような「解散命令」を行政が講じることはできない相談なのでしょうか。

憲法の壁

 一つには、憲法の問題があります。

 よく知られているように、憲法21条では「結社の自由」が認められおり、暴力団といえども、国の安全や公の秩序を脅かさないかぎりにおいて、国からの干渉を受けません。「ただ事務所を構えているだけ」では、さすがに取り締まれないのです。干渉できるとすれば、違法行為に対してというのが法の原則です。

 そうした制約から、1992年に施行された暴力団対策法も暴力団の存続を前提にその活動を制限することに主眼を置いています。飲食業者に無闇に「みかじめ料」を要求する暴力団員に、各地の公安委員会が再発防止令を発令するなどが、その一例です。

 そんな生ぬるい措置では暴力団の息の根を止めるには程遠いと誰もが思うでしょう。それ以降も、マネーロンダリング防止などを目的とした組織犯罪対策三法や「盗聴」による犯罪抑制を狙った通信傍受法など、治安立法が成立しますが、暴力団への効果は当局が期待するほどではありませんでした。

 そこで、結社の構成員、かれらと交際する一般市民に広範に網を被せて、「暴力団(組員)との接触を遮断」する社会を目指したのが、2011年に全国で施行された「暴力団排除条例(以下、暴排条例)」でした。みかじめ料を要求した組員は即逮捕、支払った業者も罰せられる「暴排社会」が到来したのです。

警察も驚いた「暴排条例」の効果

 弘道会もその例にもれず、息のかかった風俗店グループなど主だった「共生者」たちが軒並み取り締まりの砲火を浴びました。結果、地域密着度では北九州にも劣らないとみられた弘道会の後援者(スポンサー、警察用語でいう「資金源」)は、大きな打撃を受けました。その影響で、盛時には組員数千人といわれた勢力も減少。追い詰められた素行不良の組員が組織から「処分」を受け、放逐される例が後をたちません。

 ある捜査関係者はこう語ったものです。

「条例や(民間業者による暴排)条項がこんなに効くとは思わなかった」

 つまり、憲法解釈のうるさい国会を通さないで済む各自治体が定める条例のほうが使い勝手がよく、暴力団弱体化という点で予想外の劇薬だったというのです。

「六代目」で本部長を務めたのちに「神戸山口組」に参画した入江禎組長は当時、いみじくも関係者にこう嘆じたそうです。

「生殺しより、いっそ結社の罪で殺してくれたほうがスッキリする」

公安は「生かさず、殺さず」路線

 このような締め付けを継続、強化すれば暴力団の壊滅も夢ではなさそうです。が、必ずしもそう進まないのではという見方にも根強いものがあります。というのも、本当に無くすことがいいのかについては、いろいろな考えが存在しているからです。

 警察と暴力団、両者の攻防の行方を占う意味で見過ごせないのが、近年、暴力団や不良外国人グループなどを管轄する組織犯罪対策部に公安警察的手法が色濃く反映されるようになったことでしょう。「冷戦」の終結以降、だぶついた公安系の人員が暴力団対策部門に流入してきた流れを汲んでのことです。

 2022年、暮れの伝統行事である「餅つき大会」でプロパンガスの取り扱い資格を持たない組員にプロパンを運搬、使用させたカドで山口組幹部が逮捕されるという事件がありました。近年、このように治安維持とは到底結びつかない微罪での検挙事案が目につきます(そのため、昨年暮は、電気蒸し器に変更されたそうです)。

 これは、違法事案の証拠を集めて容疑者を検挙し、実刑に追い込む旧来の“マル暴”的手法が変容しつつあることがよくわかる光景でしょう。

 この件で逮捕された六代目幹部は不起訴となりましたが、捜査対象を長期的に監視し、ここ一番で一罰百戒のダメージを与えるという公安警察の伝統的な観点からすれば、不当でも何でもない、と解釈されます。

 公安警察側からすれば、監視対象を「生かさず、殺さず」末長く監視下に置くことが、自分たちにとっての「正義」となるからです。

 彼らにとっては、暴力団が管轄下におく右翼組織関係者の行動確認のほうがメインの関心事で、時には“共生”することも仕事のうちです。人員過剰気味である公安の考え方が主流になるなら、暴力団は“生かさず殺さず”で生きながらえるかもしれません。

 また、「半グレ」集団とちがって、登録会員や指揮系統のはっきりした「目にみえる集団」である結社を残したほうが、警察全体にとってコントロールしやすく、メリットが優ると判断される可能性は残ります。

ローカル産業としての暴力団

 ただ、当局が主導する現在の暴排社会は、暴力団員の生活権そのものを否定するものです。「組織はつぶさないが、構成員には息もさせない」と言っているに等しく、山口組を含めて暴力団は今後、結社の「看板」と役職者だけが「家元」と「師範代」のように残り、「そして誰もいなくなった」となる未来もかなりの確度で予想されます。

 暗澹たる将来予想に対して、六代目山口組の司忍組長は傘下の精神的支柱となるべく、あくまでも楽観的に持論を開陳しているそうです。

 司組長が近年口にしているのは、「地域に根付き、地域から愛される地方分散型の組織に小集団化することで逆風に順応する」――つまり、これまでの「選択と集中」を旨とする中央集権的な組織のあり方を改める構想でした。

 ある幹部はこう説明しています。

「司親分がよく口にする“小集団化”というのは、ひと昔前の地元に根を張ったヤクザに戻ろうってことだよ。山口組に限らず、全国の暴力団が広域化を果たしたのは暴対法以降、“よらば大樹”となって大手の寡占が進んだから。当時は『数は力』といわれたものだけど、いまや、組織の図体が大きいことは当局の狙い撃ちを受けるだけでいいことはひとつもない。スケールメリットの逆転現象といえばいいのか。東京でいえば、名のある暴力団やテキヤ組織であえて目立たないようにスケールダウンして、暴対法の指定団体から外れている団体があるでしょ。準暴力団化というと言葉は悪いけど、当局の網にかかりにくい組織形態をとる半グレの奴らにも学ぶことはある」

 裏を返せば、「本家に頼り切るのではなく、地域の実情に応じて各自が生き残り策を講じて、対処せよ」と言っているわけです。山口組の組織原理となるピラミッド型の“鉄の結束”を多少は犠牲にしても、各直参組織が、広域化する以前の、困窮している人がいれば炊き出しや子ども食堂で手を差し伸べるような地場産業的な「ローカル集団」に回帰することで、暴排の嵐が過ぎ去りふたたび春が来るまで耐え忍ぶ戦略といえるでしょうか。

 言い換えれば、捜査の網にかかりにくい半グレの組織形態にも学びつつ、時代に適応した“進化”によって「適者生存」していこうという考えのようです。

 地場産業とはまた随分美化したものだと思われるかもしれませんが、暴力団についての見方はさまざまです。さる米捜査当局幹部は、日本の暴力団の実態を調査して、「暴力団は、見た目は好ましくないが良いこともする蜘蛛と同じだが、マフィアは善良な市民に害しか与えないガラガラ蛇と同じだ」との名言(?)を残したそうです。

 仮に、日本独自の社会集団である暴力団が絶滅しても、現在話題となっている特殊詐欺・強盗集団のような犯罪集団が世に絶えるわけではありません。

 世の中に一定数は、アウトロー的な人間が存在するという仮定に基づけば、当局とも相応の関係を結んで裏社会を統べてきたヤクザ集団に代わり、「半グレ」のような得体のわからぬ「怪物」が今以上に猛威を振るうようになるのが良いのか、それが社会にとって望ましい方向なのかは一考に値することでしょう。

 先ほども述べた通り、これについては「プロ」である警察であっても、考え方が分かれているところです。それゆえに一気に壊滅とは進んでいないとも言えるでしょう。

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