「首相官邸に暴力団組長が出入り」「福利厚生が充実」 カタギのための「山口組」入門

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前編【「本家の組員は“エリート”」「組長は滅多に顔を見せない」 カタギのための「令和の山口組」入門】からのつづき

 長年、暴力団の取材に携わってきたフリーランスライター、山川光彦氏による、カタギのための「山口組」入門、後編では芸能界や政界との関係、さらには今後の組織の展望について見てみよう。

 暴力団については「なぜ根絶できないのか」といった声は昔からあるものの、日本社会に深く根を張り、さらに組織として近代化を推進するなどの戦略が功を奏している面があるため、コトはそう簡単ではないようだ。

(前後編記事の後編・山川光彦著『令和の山口組』をもとに再構成しました)

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(1)芸能界との蜜月終了のきっかけは「あの人の引退」

 山口組は戦前より、吉本興業の創業社吉本せいを後援するなど、興行の世界にその名をなしていましたが、戦後に「神戸芸能社」を設立し、興行界の大立者として君臨したのが、3代目の田岡一雄でした。田岡は、親交を深めた相手とは愛人の住所まで知らされるほど深くつきあったとされます。

 1981年に田岡が死去した際、一般人向けの葬儀に参列したなかには、「後見人」として庇護下においた美空ひばりをはじめ、勝新太郎、鶴田浩二、菅原文太らの姿がありました。

 芸能人とのこうした人脈は、田岡亡き後も多かれ少なかれ、その部下たちに受け継がれていききましたが、2008年に山口組傘下の大物組長として知られた後藤忠政組長の誕生パーティー・ゴルフコンペに、小林旭、細川たかし、角川博、松原のぶえ、中条きよしらをの芸能人が参加していたことが「週刊新潮」のスクープで発覚。これを受けて、NHKが番組への出演自粛を申し渡した騒動が一つの転機となりました。

「蜜月」にとどめを刺したのは、その3年後、山口組最高幹部との交際を理由に、人気タレントの島田紳助が芸能界から引退した一件でしょう。山口組とは戦前から因縁浅からぬものがあった吉本興行の稼ぎ頭といえども、ヤクザとの交際を断ち切らなければテレビ出演から弾き出される時代の到来を告げました。

(2)かつては首相官邸にも出入りしていた

 戦前、ヤクザあがりの代議士が国会でにらみを利かせる光景は当たり前でした。山口組2代目の山口登は政友会の大物・田中義一とは官邸への出入りを許される仲で、のちに首相となる犬養毅も後援、神戸の顔役として存在感を示します。

 3代目の田岡は神戸港の復興に向けて運輸省をはじめ中央官庁との折衝に奔走しますが、その過程で、安倍首相の祖父である岸信介や後に首相となった佐藤栄作、建設相を歴任した河野一郎ら有力政治家と親交を持ちます。「警察がある組事務所を家宅捜索したとき、その事務所から内閣が二つできるくらいの政治家の名刺が出てきた」といわれるほど、裏社会のドンとして密かに政財界と良好な関係を築いていたのです。
 
 もとより、全国ネットで地域に根を張る有力幹部や系列右翼団体が集票の取りまとめ、あるいはライバル候補への選挙妨害の面で重宝されたという事実もあります。近年、そうしたことわずかに続いている片鱗がうかがわれたのが、民主党政権が誕生した総選挙で、山口組大物組長が「民主党を応援せよ」と内示があったと一部マスコミに漏らしたことでしょう。

(3)山口組と「半グレ」はもう敵対関係とはいえない

「関東連合」などヤクザ組織を向こうに回して隆盛を誇った半グレ集団の多くは、「準暴力団」として当局から集中摘発を受け、いったん壊滅するのですが、その後に、かれらが忌み嫌っていたはずのヤクザ組織と奇妙な共存共栄の関係を結ぶに至ります。両者の関係について、ある山口組幹部はこう解説してくれました。

「半グレの連中と山口組が盛り場のキャッチやぼったくりバー、飲食店の面倒見などでバッティングしていた時期もあるけど、いまは力関係次第かな。大都市でいえば、東京は最近摘発を受けた大規模キャッチグループも含めて住吉会系の有力組織がかれらを手なずけているし、名古屋や大阪は山口組の系列だね。力のある組織はカネ儲けに長けた半グレを大なり小なり後押しして、見込みのある者には『個人的な舎弟盃』を与えることもあるけど、正式な親子盃はかわしてないから(警察に暴力団員として)登録もされないし、互いにメリットがあるわけだ」

 かつての暴走族あがりに代わって、元半グレが有力系列組織の人材供給源にもなっているようです。

(4)プール付きジムも! 福利厚生にも力を入れている理由

 現在の山口組6代目司忍組長と高山清司若頭の出身母体である弘道会(愛知県名古屋市)の本部事務所にプール付きのジム施設があるというのは、業界では有名な話です。それはスポーツ万能の司組長のためであると同時に、刺青のため一般の施設を利用できない組員のためにも開放されます。同会のOBもこう解説しています。

「弘道会では、組織の面子(めんつ)を懸けたけんかで服役した組員には、懲役と同じ年数は「面倒見」する暗黙のしきたりがあります。20年の長期服役なら、その間の家族の生活の面倒は言うに及ばず、当人が出所した際に住居と組を持たせて、その労に報います。亭主が服役中の極妻たちを集めてハワイだかグアムだかに慰安旅行を連れていったことも。福利厚生がしっかりしているから、組員も安心して懲役に行ける道理です」

 細やかな福利厚生はもとより、慈善事業でやっているわけではありません。

 民間企業なら、取り引き相手に信頼され、会社の信用と利益を向上させた社員が評価されるでしょうが、ヤクザの世界では当該組織の暴力的威力を維持、向上させる「戦闘員」が重宝されます。

 弘道会の組員が「山口組のため」ではなく「弘道会のため」に尽くすのは、組員の家族まで対象となる、徹底した「報恩システム」があるがためです。

(5)山口組はなぜ分裂したのか。

 2015年夏、「6代目」でかつて執行部メンバーとして運営に携わっていた重鎮たちが古巣を割って出て「神戸山口組」を旗揚げした当初、彼らからよく聞かれた本音のひとつに「去るも地獄、残るも地獄」という名言?がありました。彼らのいうところの「弘道会支配」という“悪政”に耐えるのも苦痛なら、自分たちの(子が親を勘当するのに等しい)非を承知で組を出ていくのも苦痛、と言いたかったようです。
 
 造反の首謀者たちから聞こえてきたのは「(高山氏の政治は)切り捨て御免だ」という義憤ともつかぬ恨みつらみでした。司組長から政治の舵取りを任された高山若頭の組織運営は、5代目時代までの政治とはうってかわって、「選択と集中」が基本方針となりました。警察当局に付け込まれないために、しっかりした組織だけを残して、組の会費も滞るような弱小の組織は容赦なくお取り潰しの憂き目に遭うのです。これが、5代目時代までのぬるま湯につかっていた直参にとってはカルチャーショックを通り越して「独裁者」然と映ったのは無理もありません。
 
 一方、高山若頭の組織改革の真の狙いは権力構造の刷新にありました。渡辺芳則5代目の旧政権で横行した(一般企業でも時折り見られることですが)社長側近=「組長秘書」グループによる「運営の私物化」を一掃すること。歪んだ「二重権力」状態の復活を阻止するために、自分以外の執行部メンバーと親分との接触を禁じます。が、「我らこそ存分に運営に力を振るえる」と意気込んでいた執行部の重鎮メンバーには大いなる不興を買います。親分を動かせるのは高山氏ひとりの専権事項となり、他の重鎮は「顧問」など形ばかりの窓際に追いやられ、遅かれ早かれお役目御免となり、放り出される。かつての栄耀栄華の時代へのノスタルジーさりがたい主旧派の頭目たちが感じた不安は想像に余りあります。

 いまも反6代目の旗を掲げ続けている分裂の首謀者たちから聞こえてくるのは、「高山若頭がやめれば(離反騒動は)終わる」、つまり、不倶戴天の敵となった高山氏が引退して「6代目」から去れば、われわれも引退して、分裂抗争は終わると言っており、裏を返せば、高山氏が「専制」の非を認めて引退しない以上、あるいは反山口組の首領が殺されでもしない以上、分裂抗争はいつまでたっても終わらないことになります。

(6)警察は山口組を潰せないのか、潰さないのか

 振り返れば、山口組は当局の「頂上作戦」の発動時に、全国のヤクザ団体が解散に追い込まれるなかで、ほぼ唯一解散を固辞したことで知られます。

 最近では、当局から市民へのテロ集団視され、「壊滅作戦」の集中砲火を浴びて大打撃を受けた工藤會の例がありますが、それに続いて山口組が当局の壊滅ターゲットになる可能性もあるでしょう。

 ですが、「半グレ」集団と違って登録会員や指揮系統のはっきりした「目にみえる集団」である結社を残したほうが、治安を担う警察にとってもコントロールしやすく、メリットのほうが優ると判断されるなら、そうはならないかもしれません。

 それ以前に、シノギの大半を失った組織とその構成員が「沈みゆく船」から逃げ出してしまう未来のほうがリアルな将来図ではないでしょうか。
 
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 前編記事【「本家の組員は“エリート”」「組長は滅多に顔を見せない」 カタギのための「令和の山口組」入門】では、組織の成り立ちから資金源などの基礎知識を分かりやすくまとめている。

山川光彦(やまかわ・みつひこ)
出版社勤務後、フリーランスライター。週刊誌、書籍などの執筆と編集に携わり、2022年「週刊新潮」に集中連載した「異端のマネジメント研究 山口組ナンバー2『高山清司』若頭の組織運営術」が話題になった。『令和の山口組』が初めての著書となる。

デイリー新潮編集部

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