目の前で「鼻紙」を使う日本人に衝撃を受けたローマ教皇 衛生観念をめぐる歴史の教訓

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ラーメンの丼にティッシュを入れていいのか論争

 衛生観念というのは国によって、人によってかなり異なる。

 それがわかりやすい形で表れるのが、飲食店での振る舞いだろう。

 ラーメン店での使用済みティッシュの扱いをどうするか、というテーマが最近ではしばしば話題として取り上げられる。

「どうせ捨てるのだから丼の中に入れても構わない」という人、店もあれば、「そんなに汚いものを食器の中に入れる神経がわからない」という人、店もある。

 この場合、何に使ったティッシュなのかという問題も出てくる。口の周りをぬぐった程度のものか、それともガッツリと鼻をかんだものなのか。

 そして今度は、「そもそも人が食事をしているところで鼻をかむこと自体が不快ではないか」という声も出てくる。

 さすがに高級店ではあまり見られないが、ラーメン店、ファストフード店では店の紙ナプキンでこれでもかと何度も鼻をかむ人は珍しくない。マナーが悪い人はそれを卓上に並べることすらある。

 当人からすれば、他人に迷惑をかけていないという意識だろう。一方、至近距離で鼻をかまれればいい気持ちがしないのも人情だ。少なくとも食欲を増す要素には決してならない。

「鼻紙」に衝撃を受けたローマ法王

 おそらくは生い立ちなどいろいろな要因から、それぞれの人の許容範囲は決まるのだろう。自分とは異なるカルチャーの人を間近にした時、人はショックを受ける。これは今に始まったことではない。それを歴史は教えてくれる。

 慶応義塾大学法学部教授(政治思想史)の片山杜秀氏の新著『歴史は予言する』に収められている「鼻紙と専制国家」というコラムの一部を引用してみよう。

 当時の欧州では紙は貴重品。鼻紙の代わりにしていたのはハンカチである。鼻水も痰も汗も、みなハンカチへ。汚し抜く。しかも水が惜しかったのか、洗わずに何日も使うのが当たり前。不衛生だ。だが、紙を贅沢に使う習慣がない。日本で言えば明治期まで、西洋では紙より布の時代が続いた。

 するとティッシュペーパーはいつ登場したのか。案外と新しい。

 第1次世界大戦のときである。主に欧州の戦場で約1000万人が戦死し、2000万人以上が負傷。野戦病院は血と膿に満ちる。脱脂綿が足りない。原材料は綿花の種子。供給に限度がある。

 そこで日本の鼻紙のようなものを、もっと薄く柔らかく安価に作るべくアメリカで考案されたのがティッシュペーパーだ。脱脂綿の代用品の軍需物資だった。

 しかし、戦争が終わると需要は激減。民需に転換をはかり、成功した。

 成功の要因は幾つかあった。その最大のものは疫病ではないか。

 大戦末期、スペイン風邪という名の新型インフルエンザが広まった。中国で発生したウイルスがアメリカ本土の兵営で流行し、米陸軍が欧州の戦線に持ち込んだとも言われる。(略)

 とにかく咳を布で抑えても不衛生。使い捨ての紙にするのが一番。疫病が文化や習慣を変えていく(略)」

 ちなみに、日本人の場合、使うのがティッシュだろうがハンカチだろうが、人前で音を立てて鼻をかむこと自体歓迎されないことが多いが、海外ではむしろ鼻をすするほうが嫌がられるという説が有力。ことほど左様に、衛生観念はそれぞれということのようだ。

※本記事は、『歴史は予言する』の一部を抜粋、再編集したものです。

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