没後60年「力道山」が夢見た東京五輪「南北統一チーム」 資金財団に莫大な寄付 会いたかった人は

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「南北統一チーム」による東京五輪参加

 昭和30年代後半。その家には既に自動食器洗い機も、コードレス電話もあったという。プロレスラー、力道山の自宅である。

 戦後最大のヒーローは、戦後稀にみる成功者だった。ドアが羽根のように上がる愛車・ガルウィングのメルセデス・ベンツは、俳優の石原裕次郎も欲しがった(中古で同型の物を購入している)。東京・渋谷の一等地に所有した「リキ・アパート」には、後の総理大臣、中曽根康弘を住まわせたこともある。

 力道山が、暴漢に刺された傷が元で急死したのが、60年前の1963年12月15日だった。夫人の田中敬子さんが最後に聞いた言葉は、傷口の悪化で手術室に向かう際の、こんな願いだった

「俺はまだ死にたくない。費用がいくらかかってもいい。先生によく言っておいてくれ」

 死にたくない理由はあった。この翌年、力道山が隠し続けた夢が、陽の目を見る可能性もあったからだ。それは、翌年に控えた東京オリンピックにおける、韓国・北朝鮮による「南北統一チーム」の招聘と、北朝鮮に残した自分の家族との再会だった――。

 今では知られるように、力道山は朝鮮半島北部(現在の北朝鮮統治領)生まれ。しかし力士、プロレスラーになってからは「長崎県出身」と、出自を隠し続けた。理由は、力道山を兄貴分と慕っていた在日二世の元プロ野球選手・張本勲が、

「なぜ、祖国のことを堂々と言わんのですか?」

 と聞いた時の返答に集約されている。

〈「貴様に、何がわかるか!(中略)みんな、俺を日本人だと思ってるから応援してくれてるんだ!」」(『プロレスラー夜明け前』スタンダーズ刊より〉

 1940年に来日し、大相撲入りしたが、この時点で既に母国で結婚しており、言うなれば出稼ぎの身だった。戦時中の1942年と45年に帰郷したが、戦後、日本と朝鮮半島は断絶状態。故国に残した長男、次男、長女を含む家族とも会えなくなった。

 風向きが変わったのは、1959年、IOC(国際オリンピック委員会)総会で東京オリンピックの開催が決定したことだった。1960年、力道山にローマ五輪の特派員をやらないか、との話が来ると、飛びつく。この時、同行したスポーツニッポンのT記者は、こう語っている(※取材は力道山没後50年の2013年)。

「とにかく張り切ってましたね。現地の日本人選手たちを励ましていた。冗談なんですけど、“暴君ネロ”がローマを一夜にして焼き尽くした話をしたら、『俺も東京をいったん焼いてしまおうか?(笑) そうしたら、交通網が整備されて東京五輪の際、いいかも知れない』と言ってみたりね。気持ちは早くも東京五輪に行っている印象でした」

 当時、スポーツニッポンには、こんな記事を寄せている。

〈政府の援助のもとに選手の面倒を全国的にみるようなシステムにしたらどうだろう。(中略)私は自分の力道山道場から東京オリンピックで金メダルをとるような選手をつくりだしてみせる自信がある〉(同紙1960年9月3日付)

 1962年、IOC総会が、「北朝鮮と韓国による、南北統一チーム結成での東京五輪参加」を呼びかけた。母国が参加できるかもしれない……力道山はいっそう、東京五輪成功のために動いた。巨額の寄付を行ったのだ。

「東京オリンピック資金財団事業報告書」なる冊子資料がある。

 東京五輪の翌1965年に、東京オリンピック資金財団がまとめたものだが、調達した資金の配分とともに、その資金の提供元が詳細に記載されていた。その中に、力道山を長とする「日本プロレスリング興行会社」の文字があった。提供額は、単位を100万円として、10.0。つまり1000万円である 。当時の大卒初任給が約1万5000円だったことを考えると、現在の貨幣価値にすれば、約1億5000万円の大金 とみて良いだろう。

 捻出方法も仔細に記載されていた。オリンピック協賛興行として、先ず1961年2月2日、3日の2大会を開催(会場は日大講堂)。更に1963年には、各国の強豪を集めた「第5回ワールドリーグ戦」のなんと1シリーズ、全50大会(3月23日から5月17日まで。前夜祭除く)をまるごと協賛興行として敢行した。

 資金財団に対しては、プロ野球、大相撲、ボクシング、ゴルフなどの関係組織からの寄付がなかったわけではない。しかし、最も熱心だったのは、プロレス=力道山だった。それは、1963年9月9日、力道山から提供を受けた同財団側のコメントに明らかだ。

「1959年の発足以来、現金で、こんな大口の寄付を受けたのは初めて」

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