幼女連続誘拐殺人「宮崎勤」は独居房で幼児の写真集を眺め、「宝物のように手羽先の骨を飾っていた」 元受刑者が見た“確定死刑囚”の知られざる日常

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確定から2年あまりでの刑執行

 今から15年前、2008年の世の中はどこか騒然としていた。6月8日には、東京・秋葉原で無差別通り魔事件が発生する。25歳だった加藤智大(2022年7月死刑執行)が2トントラックで歩行者天国を暴走し、次々と歩行者を撥ねた。加藤はさらにダガーナイフを用いて通行人を襲撃。7名が死亡、10名が負傷する惨事となり、社会に大きな衝撃を与えた。

 それからおよそ10日後の6月17日、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件を引き起こした宮崎勤死刑囚の死刑が執行された(享年45)。宮崎は、1988年から89年にかけて東京都および埼玉県で計4人の幼女・女児を殺害。一連の事件の犯人として逮捕、起訴され、2006年2月2日に死刑判決が確定していた。確定から2年あまりでの刑執行だった。

 獄中で宮崎をはじめとする多くの死刑囚や犯罪者を間近で見てきたという、元受刑者の飲食業・大岩正一氏(66、仮名)がこのほど、彼らの塀の中での様子を語ってくれた。

裁判官に「バカじゃないの、あんた」

 大岩氏は1996年、知人のブラジル人が強盗致傷事件を計画しているのを知り、「日本の警察は優秀だから、そんなことをしたらすぐ捕まるよ」と踏みとどまるように注意したという。そのことが、事件を事前に把握していたとされ、強盗致傷の共同正犯とみなされてしまう。犯人のブラジル人に名前を出されたこともあり、同年11月29日に逮捕。納得がいかない大岩氏は裁判で争ったものの、一審で求刑8年に対し懲役8年の実刑判決。検察官の求刑と同じ判決結果を俗に「ニギリ判決」というが、それになってしまった。初犯にしてはかなり厳しい判決だが、それにはこんなわけがあった。一審の法廷で審議の途中、裁判官が「反省していますか?」と大岩氏に尋ねた。大岩さんは、それにこう答えてしまったのだ。

「やってもいないことをどう反省するんですか。反省のしようがないじゃないですか。反省するもしないも、やっていないことをなんで反省しないといけないんですか。バカじゃないの、あんた」

 裁判長は冷徹に、

「侮辱罪で追訴しますよ」

 と言い放った。このやり取りが、反省の色が見えないとされてしまい厳しい判決になってしまったのだ。大岩さんが言う。

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