油脂ソリューションで食の新たな機能を生み出す――久野貴久(日清オイリオグループ代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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健康志向と食用油

佐藤 先ほどもお話ししましたが、私は1986年に日本を出て、1年間イギリスで研修を受けてロシアに渡り、1995年に帰国しました。日本に戻ってまず驚いたのは、そこここにイタリアンレストランができていたことです。そして「スパゲティ」という言葉が死語になっていた。

久野 みんなが「パスタ」と言い始めましたね。

佐藤 それからパンにオリーブオイルが付いてくる。あるいはバターとともに出てくる。これを見て、ずいぶん変わったものだと思いました。

久野 イタリア料理では一般的ですからね。

佐藤 これはバブルを経験したからだと思うんです。あの時に高いワインやオリーブオイル、そして高級食材がたくさん入ってきた。その味に親しんだので、バブル崩壊後も食習慣として残った。

久野 そうかもしれません。その頃、食の分野で同時に進んでいたのは、健康志向です。私が入社したのは1985年ですが、当時から油は肥満につながるネガティブなものだというイメージがありました。それで1990年代になると、食事全体でカロリーが抑制的であることがもてはやされるようになってくるんですね。

佐藤 油受難の時代になった。

久野 その中で弊社はまず1992年に「日清キャノーラ油」を発売します。従来のサラダ油に比べると、比較的脂っこくない油です。これは順調に成長し、現在は食用油のトップカテゴリーになっています。

佐藤 善玉コレステロールとか中性脂肪といった言葉が当たり前となり、誰もが気にするようになっていますからね。

久野 オリーブオイルは抗酸化作用のあるポリフェノールの含有量が多く、また、悪玉のLDLコレステロール値を上昇させないオレイン酸という不飽和脂肪酸を多く含んでいます。初めは一時的な流行として扱われた部分もありましたが、それが終わっても残ったのは、本質的には体にいい、そしておいしいからだと思います。私どもも1996年に日本初のオリジナルブランド・オリーブオイル「BOSCOオリーブオイル」を発売しました。

佐藤 それまで日本のオリーブオイルは、瀬戸内海の小豆島でわずかに作られていたり、輸入品が少し出回っていたくらいですよね。

久野 そうです。「BOSCOオリーブオイル」は、早摘みのオリーブを搾った油です。青々しい果実の香りやスパイシーさを感じられるタイプになりますね。

佐藤 オリーブオイルが日本の家庭の食卓に定着するのにも一役買っている。

久野 こうした流れの延長で、油を取り巻く状況が2010年代の半ばくらいから変わってくるんです。それまでは摂取を控える対象だった油が、いいものは積極的に取っていこうという方向に変化した。炭水化物を少し減らして、タンパク質と脂質を増やす炭水化物ダイエットが広く知られるようになりました。つまり油が体にポジティブなものとして捉えられるようになった。

佐藤 そもそも脂質は体に必要なものですからね。

久野 脂質はタンパク質、糖質と並ぶ三大栄養素の一つです。そして油でも、より健康にいいものを取ろうとするようになった。

佐藤 それは揚げたり炒めたりする油とは違うカテゴリーですね。

久野 その通り「かけるオイル」です。その一つがアマニ油です。一年草の亜麻の種子であるアマニを原料とする油で、不飽和脂肪酸の一つであるオメガ3という成分が多く含まれています。これは自分の体の中では作り出せませんから、食物から取る必要がある。

佐藤 私は6月に腎移植手術を受けましたが、その前に1年半ほど透析を受けていたんですね。この時、医師や管理栄養士からアマニ油を勧められました。透析をすると量を多く食べられなくなるので、油でカロリーを取る習慣をつけていく。その際、アマニ油は癖もなく体に非常にいいので、ゆでた野菜にかけて食べるよう推奨されましたね。

久野 アマニ油も私どもが市場に定着させていったのですが、他の油と違って極めて酸化しやすい。このため、いかに酸化を防ぐかが課題でした。アマニ油で採用したフレッシュキープボトルは酸化を防ぎ、しかも冷蔵庫やシンクの下などにしまうのではなく、テーブル上に置いていつでも気軽にかけるのに適しています。ですからアマニ油は容器との組み合わせによって普及したのだと思います。

佐藤 なるほど、容器に工夫が凝らされている。透析患者は30万人もいますから、そこもマーケットになりますし、カロリーを取らないといけない病気もありますので、医療の世界でも広がっていきそうですね。

久野 積極的にカロリーを取るマーケットという意味では、MCTという油にも力を入れています。これは普通の油と違って分子量が小さく、タンパク質や炭水化物と同じような経路で吸収されていきます。つまり体の中で効率よくエネルギーになる。

佐藤 何が原料なのですか。

久野 ココナッツや、アブラヤシの「パーム核」が原料になります。

佐藤 これはいつから販売しているのですか。

久野 もう50年くらい研究していて、以前から病院食や退院後の栄養補助には使われてきましたが、家庭用に「日清MCTオイルHC」を出したのは2017年です。これは現在では「体脂肪やウエストサイズを減らす」機能性表示食品ですが、同時に高齢者の栄養不足、フレイル対策として非常に有効です。

佐藤 高齢者とともに、女子中高生も取ったほうがいいでしょうね。彼女たちは中学に入ると、カロリー摂取を控えて、それまで見向きもしなかった野菜ばかりを食べるようになります。その際にMCTオイルをかければいい。

久野 それも重要な問題です。この油はそうした社会的な課題の解決に寄与していくだろうと思います。

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