「行動変容」を促す治療アプリで医療を変える――佐竹晃太(CureApp代表取締役社長・医師)【佐藤優の頂上対決】

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一本の論文から

佐藤 佐竹さんは医師でもいらっしゃいますね。

佐竹 いまも週に1日程度、外来診察を行っています。

佐藤 専門は何ですか。

佐竹 呼吸器内科です。

佐藤 昔も勤務医だったのですか。

佐竹 慶應義塾大学医学部を卒業して、北海道の北見赤十字病院で2年間研修医をし、東京の日赤医療センターに3年勤務しました。でも5年たったところで、医療以外の世界も見てみたい、一度は海外に出て自分の力を試してみたいと思ったんですね。それで中国のCEIBS(シーブス・上海中欧国際工商学院)というビジネススクールに留学し、そこで経営学を学んでMBA(経営学修士)を取得しました。

佐藤 普通、MBAならアメリカに行きますよね。どうして中国だったのですか。

佐竹 中国に留学したのは2012年で、当時、中国の存在感が非常に大きくなっていました。でも日本からの留学生は少なかったんです。それで中国についてもっと知る必要があるだろうと考えたのです。それから学生時代、私はバックパッカーとして、成都や重慶など中国各地を回ったことがありました。そこで新鮮な経験をしたことも理由の一つです。

佐藤 続けてアメリカにも留学されています。

佐竹 ちょうどCEIBSとアメリカのジョンズ・ホプキンス大学がデュアルディグリー(共同学位)プログラムを始めたのです。それに応募して受かった。結局、中国で1年、アメリカで1年学んで、二つのマスター(修士)を取りました。

佐藤 2年で二つですか。それは勉強漬けの日々だったでしょう。

佐竹 授業も大変でしたし、論文もありましたから、2年間、課題でぎゅうぎゅう詰めの日々でしたね。英語がそんなに得意ではなかったので、苦労しました。

佐藤 佐竹さんは前々から起業をしようと考えていたのですか。

佐竹 必ず会社を興すといった起業家マインドを持っていたわけではないですね。アメリカで一本の論文に出会ったことがきっかけです。医療科学情報研究で読んだ資料の中に糖尿病向け治療アプリの論文があったんです。すでにアメリカではアプリによる治療が始まっていました。そこで「このシーズ(種)を日本で広めたい」と強く思ったんですよ。具体的にどうするかを考えたら、起業しかなかった。

佐藤 アメリカでは、いつからアプリが導入されていたのですか。

佐竹 2010年にWelldoc社が糖尿病向け治療アプリ「BlueStar」を開発し、薬より高い効果を上げていました。

佐藤 起業されたのはいつですか。

佐竹 2014年6月に帰国し、その翌月に起業しました。

佐藤 最初に作られたのはニコチン依存症向け治療アプリ、つまりは禁煙用の治療アプリです。どうしてこの疾患から始めたのですか。

佐竹 理由は三つあります。まずきっかけとなった論文が糖尿病治療だったので、違う分野をやりたかった。次にたばこは、肺がんや喘息、間質性肺炎、COPD(慢性閉塞性肺疾患)など、数えきれないほど多くの病気を引き起こすリスクファクターですから、公衆衛生学的なインパクトが大きいと思いました。

佐藤 佐竹さんのご専門は呼吸器でしたね。

佐竹 それが三つ目の理由です。日本初のアプリを作る上で、自分の専門領域を生かすことができる。ですから帰国前にはニコチン依存症向け治療アプリにしようと決めていました。

佐藤 しかしアプリとなると、プログラミングも必要ですね。

佐竹 会社は、医学部の後輩でプログラミングができる取締役(当時はCDO=最高開発責任者)の鈴木晋と二人で始めました。開発にあたっては、母校の呼吸器内科教室と共同で行っています。

佐藤 何より保険適用の第1号になったのはすごいことです。しかも現在、保険適用されているのはCureAppの二つのアプリしかない。私も役人でしたからよくわかりますが、彼らは前例がないことをなかなか認めません。

佐竹 そこは大変でしたね。会社を興した時点では、まだアプリを治療法として認める法制度がありませんでした。設立4カ月後に薬事法が改正され、アプリ承認への道筋が開かれたんです。

佐藤 資金はどうされたのですか。

佐竹 資本金は300万円でした。それでプロトタイプを作ることを目指していましたが、薬事法が改正されたことで総務省のベンチャー助成金制度からの融資を受けられた。それを機にベンチャーキャピタルから出資いただけるようになりました。

佐藤 新薬開発は長期にわたり巨額の費用がかかります。また治験も大変です。治療アプリはどうですか。

佐竹 アプリは、当然ながら動物実験をしなくていいんですね。それから新薬はフェーズ1~3の三つの治験段階がありますが、治療アプリは2段階ですみます。

佐藤 では、開発にはどのくらいの期間がかかりますか。

佐竹 弊社の治療アプリは、5~6年ですね。新薬は10年から15年かかるといわれていますから、だいたいその半分です。

佐藤 それは開発費にも関係してきますね。

佐竹 新薬の研究開発費はどんどん上がっていて、最近は一つ世に出すのに、さまざまな経費も含め1千億円以上のお金がかかるといわれています。治療アプリ開発はその数十分の一程度ですみます。

佐藤 数十億円でできる。

佐竹 一方、治療効果を見ると、治療アプリは薬とそう変わらないのです。薬と同じような有効性が出ている。その点でも医療リソースの効果的な使い方になっています。

佐藤 画期的な治療法であるだけでなく、医療のあり方そのものに影響を与えているわけですね。

佐竹 高騰する医療費の抑制につながりますし、スマホさえあればどこでも使えますから、医療格差の是正にもなります。また薬などは欧米企業が優位ですが、治療アプリは日本から世界に広めるチャンスがある。

佐藤 やはり一番進んでいるのはアメリカですか。

佐竹 そうですね。日本とは1桁違って何百社ものスタートアップがあります。

佐藤 発端となったWelldoc社がリードしているのですか。

佐竹 確かに彼らが最初にFDA(米国食品医薬品局)の承認を取り、最初に民間保険会社の保険適用を受けましたが、すごく競合相手がいます。彼らのベースがシリコンバレーでないことや、この業界の人材不足もあり、現在は必ずしもリードしている状態ではないですね。

佐藤 CureAppは、すでにアメリカに子会社があるそうですね。

佐竹 2019年に設立し、現地での事業展開も進めています。ただ、いまは国内事業を優先し、日本社会に浸透させなければならない段階だと思っています。

佐藤 日本は国民皆保険制度です。これはビジネスにどう影響していますか。

佐竹 薬事承認いただければ、全国どの地域でもどの病院でも平等に保険が適用されますから、日本の方が成長しやすい環境ですね。まずは日本でしっかりビジネスとして確立し、収益を得た上で、アメリカでの投資を考えています。

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