常温で水素を運ぶ画期的技術で世界を変える――榊田雅和(千代田化工建設代表取締役会長兼社長)【佐藤優の頂上対決】

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画期的な水素技術

佐藤 脱炭素が叫ばれる中で、今後のLNGの世界市場はどうなっていくとお考えですか。

榊田 石油の7割、石炭の半分しか二酸化炭素を出さないといっても、LNGは完全なクリーンエネルギーではありません。ですからネットゼロの目標年である2050年まで、現在の活況は続かないでしょう。ただトランジッション(過渡期)エネルギーとして、成長途上にあるアジアの国々で更なる需要が出てくるのも確かです。

佐藤 生活水準が急速に向上しているインドネシアなどでは、需要が高まるでしょうね。

榊田 いまやインドネシアは、LNG輸出国ではなく輸入国です。私どもは今、現地でLNGプラントを造っていますが、輸出用だったのが一部国内向けに建設途中で変わりました。ですから、現在の需要にアジアの需要が上乗せされる形で、一定程度は伸びていくと思います。

佐藤 問題は、トランジッションとしての期間がどのくらいになるかですね。私はそれがかなり長くなるような気がしているのです。現在の戦争がマインドを変えましたから。

榊田 LNGプラント建設は長期間に及びますから、そこは慎重に見極めなければならないですね。弊社の目標は、2030年までに現在7~8割あるLNGからの収益を、全体の半分にすることです。

佐藤 もう半分は、どんな事業になりますか。

榊田 一つは薬やワクチンを作る医薬品プラント、いわゆるライフサイエンスに関わる分野です。この分野ではすでに塩野義製薬ワクチン原薬工場が完工し、その後も他の顧客より、バイオ医薬品など複数の案件を受注、遂行しています。また太陽光や風力発電、蓄電池システムといった施設や半導体先端素材なども新たな分野として取り組んでいます。でも私どもが最も期待しているのは、水素なんです。

佐藤 ここ十数年、アンモニアと並び、新たなエネルギーとして大きく注目されていますね。

榊田 世の中では、水素、水素と言われていますが、液化して運ぶ場合、マイナス253度にしなければなりません。天然ガスはマイナス162度です。この100度の違いは非常に大きく、タンクも船も、運び方まで変えなければなりません。

佐藤 一から設備を造り直す必要があるわけですね。

榊田 そこで弊社は、新しい方法を開発しました。水素をトルエンにくっつけて運ぶのです。トルエンのベンゼン環の二重結合を外して、水素をつける。つまりトルエンを水素キャリアにするのです。それがメチルシクロヘキサンという物質で、常温常圧で液体であり、石油製品と同じ取扱いができます。

佐藤 普通のタンカーでも運べるのですか。

榊田 運べます。備蓄用の石油タンクも使えます。しかもこの物質は安定しているので、5年でも10年でも貯蔵できます。

佐藤 それは画期的な技術ですね。

榊田 弊社は、そこから水素を取り出すための触媒を開発したのです。

佐藤 技術として確立されているのですか。

榊田 技術的にプルーブン(検証済)です。すでにブルネイのLNG基地で水素を作って船で日本に運び、川崎の脱水素用デモプラントで水素に戻して発電所に入れるという実証を2年前に成功させています。

佐藤 この研究が始まったのはいつですか。

榊田 20年ほど前ですね。

佐藤 これは政治家が飛びつきそうな話です。

榊田 ドイツのショルツ首相や西村康稔経済産業大臣も視察に訪れています。

佐藤 やはり課題はコストですか。

榊田 その通りです。コストを安くするには大量生産が必要です。需要が高まれば、一気に進むと思います。

佐藤 これは国策として位置付け、開発していく価値がありそうですね。

榊田 もっとも次世代の主力エネルギーが水素に決まったわけではありません。アンモニアだと言う人もいれば、水素をアンモニアで運べばいいと考える会社もあるし、マイナス253度の液化水素でも運べると言う人もいます。

佐藤 どれが一番早く量産体制を作り上げ、コストを下げられるかですね。ただ、既存の施設を使えるというアドバンテージは大きいでしょう。

榊田 これができれば、エネルギーは一変すると思います。また当社もプラント建設だけでなく、この触媒自体を販売したり、ライセンスを供与して技術を広めていくことも考えています。40~50年前に日本が主導してLNGのサプライチェーンを作ったように、この技術を用いて水素の国際的なサプライチェーンも作っていきたいですね。

佐藤 それは世界に貢献することになりますね。

榊田 実証はブルネイから日本でしたが、同じ島国でエネルギー輸入国であるシンガポール向けに中東やオーストラリアから輸送したり、あるいは南米から欧州へと送ったりできるかもしれません。水素はすぐには利益貢献しないでしょうから、それまではLNG事業とそのほかの新事業で業績を伸ばしながら、開発を進めていきます。これによって近い将来、世界は大きく変わると思います。

榊田田雅和(さかきだまさかず) 千代田化工建設代表取締役会長兼社長
1958年秋田県生まれ。東京大学工学部反応化学科卒。81年三菱商事入社。韓国・中国・米国などでプラント建設の業務に関わり、2013年執行役員、インド三菱商事社長兼アジア太平洋州統括補佐。17年三菱商事常務執行役員、代表取締役。21年千代田化工建設代表取締役CEOとなり22年より社長も兼務する。

週刊新潮 2023年9月28日号掲載

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