怪物・江川卓が明かした「浮き上がるボール」の秘密 「普通はボールが抜けるけど、僕は抜けない」(小林信也)

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風に乗せる感覚

「始めて1年か2年、小学校2年か3年の時に、石がフッと浮く瞬間があったのです。それを発見した。石を空気に乗せるのが面白くて夢中になりました」

 江川少年は石を風に乗せる快感を求めて、夢中で投げ続けた。

「5年生の時、初めてガシャンと音がした。向う岸に届いたのです」

 江川が空を見上げ、石を投げる仕種をした。

「投げる時、手首は返しません。むしろ手首を回すというか……。そんな投げ方、普通はできません。ボールが抜けてしまうから。でも僕は抜けないんです」

 江川はボールを離す時の微妙な動作を見せてくれた。

「石を風に乗せる感覚とボールを離す感じが一緒です。フォワッとボールを風に乗せてやる。指は伸ばしたまま抜く感じ。指先にボールを掛ける意識はありません。だから、指先にマメができたことは一度もありませんでした」

 意識したのでなく、自然にそうやってボールを投げていた。まさに向う岸への石投げが豪球の原点だった。

 私は、大井の話を聞いた後、改めて江川の投球をネットの動画で検証した。

 プロ3年目(81年)に20勝した頃の映像を見ると、江川のボールはしなやかにホップしている。思わず見ほれているうち、えっ?と混乱する瞬間があった。

(いま江川はアンダーハンドで投げた!?)

 下手投げ投手の球が高めに浮き上がる感じ……。慌てて見直すと、もちろん江川は上から投げていた。

 その錯覚と混乱を江川に告白すると、その通りですとでも言いたげな微笑を浮かべて江川は言った。

「低く、低く、できるだけ沈み込んで投げていました。センバツの写真を見るとわかります。右膝から下に土がついているんです」

 上からのアンダースロー。浮き上がる豪球の秘密はそこにあった。

小林信也(こばやしのぶや)
スポーツライター。1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部等を経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』など著書多数。

週刊新潮 2023年8月3日号掲載

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