没後50年「ブルース・リー」 映画「燃えよドラゴン」、「アチョー、アチョー」の怪鳥音はなぜ独特だったのか

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 50代以上の人々には忘れられない存在ではないでしょうか。ヌンチャクを振り回し、鋼鉄のような肉体で敵をなぎ倒す――広く物まねの対象にもなったため映画を観ていない人でもその存在は知っている大スターも、今年で没後50年……。日本の新聞社で唯一「大衆文化担当」の肩書を持つ朝日新聞編集委員の小泉信一さんが、様々なジャンルで活躍した人たちの人生の幕引きを前に抱いた諦念、無常観を探る連載「メメント・モリな人たち」。今回取り上げるのはブルース・リー(1940~1973)。伝説となっている彼の人生に迫ります。

世界中でブームになったときは死んでいた

 見事なまでに鍛え上げられた肉体。「アチョー!!」という怪鳥音。変幻自在に繰り出される技。それを繰り出す目にも留まらぬスピード。

 主演作は5本と少ないが、カンフー映画を通じ世界に衝撃を与えた影響は極めて大きいのではないか。俳優ブルース・リー(李小龍)である。「アチョー、アチョー」と絶叫して、おもちゃのヌンチャクを振り回した人は多いだろう。あの髪形をまねした人もいるだろう。

 1961(昭和36)年生まれの私も、リーにガツンとやられた世代である。大げさかもしれないが、「人生の師」と呼んでも構わない。
 
 1973(昭和48)年12月、リーの代表作「燃えよドラゴン」が日本で公開されたとき、私は小学6年生だった。お小遣いでチケットを買い、友人と一緒に川崎の映画館で見たのだが、「すげえ~、すげえ~!」の興奮の連続。映画が終わり、外に出たときは、自分が映画の主人公になったような気分だった。

「アチョー!!」と叫びながら電信柱に跳び蹴りをした。体育の時間、ジャージーに着替えると、ファイティングポーズをとり、友だちとブルース・リーごっこをした。本気で憧れ、あのような体形になりたいと、筋肉トレーニングで使用される器具「ブルーワーカー」まで購入。上半身裸になって体を鍛えた。

 超人的な強さを見せたスーパースター。さまざまな証言や映像などから、武術家としての実力は、実際、世界最高レベルだったと言えるだろう。

 リーが私たちに衝撃を与えたのはそれだけではない。世界中がドラゴンブームに沸き、「あの男は何者か?」と注目を集めていたのに、当の本人はすでに死んでいたという事実である。

敵を倒したときに見せる悲しげな表情

 亡くなった日は1973年7月20日。映画「燃えよドラゴン」が全米で公開され、大ヒットとなる1カ月前である。突然、大脳に浮腫を起こし、32歳の若さで急逝。頭痛薬に拒否反応を起こしての病死とされたが、香港の愛人宅での死だったため、自殺から謀殺まであらゆる臆測が飛び交い、最近も死因に関する研究論文が雑誌に掲載された。

 謎に包まれた死をめぐる考察は本稿の後半に譲るが、どこか死を意識している雰囲気というのか、死のにおいが代表作「燃えよドラゴン」には漂っている。

 例えば、敵を倒したあとのリーの表情である。「どうだ! 俺は強いんだぞ」と偉ぶった感じではなく、悲しそうな表情を浮かべているのである。漫画「北斗の拳」の主人公ケンシロウも、決して勝ち誇ったりはせず、その目は孤独を宿していた。

「立場の異なる相手を一方的に攻撃するだけでは物事は何も解決しない、ということなのでしょう。つまり、どんなに憎い相手でも、それを倒したところで自分の心は満たされないのです。そんな思想が、ブルース・リーの根底に流れている」

 そう語るのは、武道家の中村頼永さん(59)である。米国に本部を置くブルース・リー財団の日本支部最高顧問。リーが創設した武術、ジークンドー(截拳道)の数少ない上級指導者でもあり、教え子には有名な俳優やタレントもいる。

 中村さんが強調するのは、ジークンドーが形や方法にとらわれず、無限の変化と広がりの可能性を持っている点だ。

「水のように柔軟に対応できる変化と、物を瞬時に映し出す鏡のようなスピードが、ジークンドーの極意です」

 リーの遺族からは、写真や衣装、練習着など、ゆかりの遺品、約100点を受けた。中には直筆の論文もある。そこには格闘技に求めた深い精神性が書かれているという。

 さて、「燃えよドラゴン」に戻ろう。リーの思想を反映したせりふが数々ある。有名なのは、弟子に武道の極意を教える場面。「Don’t think.Feel!(考えるな、感じろ)」だろう。

 物事を深く考え過ぎると行き詰まり、自由な発想が生まれてこないことがある。全身の感覚を研ぎ澄ませることの大切さをリーは説いた。もちろん、何も考えず無節操に行動しろという意味ではない。自らを厳しく律し、日々修行を積み、基本を身につけた上での感性の大切さを説いた。

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