「行方不明のままがよかった」……その言葉の裏に秘められた、遭難者の家族の思い

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 意外かもしれないが、山岳遭難の現場は、峻険な高山だけではなく慣れ親しんだ低山も多い。そして「いつもの一人登山」を楽しもうとしたひとが消息を絶ったとき、その足跡をたどるのは容易なことではない。

「せめてお別れだけでもしたい」

 いくら探しても見つからないという家族から依頼を受け、民間の山岳遭難捜索チームLiSS(リス)のメンバーと代表の中村富士美氏は山へ向かう。しかし、LiSSの活動は捜索だけではない。遭難者の帰りを待つ家族のケアも、大切な役割だ。休日、レジャーに出かけただけのはずが、急に連絡が取れず、まったく行方が分からなくなってしまった…今まで想像したことのない状況で、家族はどんな時間を過ごすことになるのか。

 現場のリアルな様子を、中村氏の初著書『「おかえり」と言える、その日まで―山岳遭難捜索の現場から―』より一部抜粋してお届けする。

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プロですら掛ける言葉が見つからない

 私は看護師として救急医療に携わり、患者さんとそのご家族に接してきた。

 その経験を活かして、山岳地での遭難者やそのご家族に関わることができるのではないだろうかと考えていた。

 しかし、いざ遭難者のご家族と話をすることになった時、大切な人が行方不明になるという現実は、私の想像を遥かに超えた厳しいものなのだと思い知ることになった。

 私はご家族にかける言葉が見つからなかったのである。

 朝、「行ってきます」と元気に家を出たのに事故に遭ってしまった、病気の患者さんの容体が急変した……そんな突然の別れを強いられたご家族を、救急の現場でたくさん観てきた。

 そこには、患者さん本人が必ず家族と私たち医療従事者の前にいる。

 それに対し、山で行方不明になった場合、遭難したご本人は、どこにいるのかも分からない。山中で亡くなっていたとしても、ご遺体を発見するまでは、安否を明確に知ることも叶わない。それまで経験したこともない状況におかれるご家族には、大変な心労がかかる。そして、2つのことを受け入れないといけないプロセスが待っている。

 ひとつは家族が家に帰って来ず、どこにいるか分からないという「行方不明となった事実」。そして、もうひとつは、ご遺体の発見で直面する「大切な人の死」の現実だ。

 この2つを受け入れられるようになるまでに、ご家族はいくつかの心境の変化を経ることになる。

時間の経過とともに家族の心も変化する

 楽しいレジャーに出かけただけだと思っていたのに、帰ってこない。予期していなかった事態に大きく動揺する。これが最初の段階だ。「何が起きたのか知りたい。とにかく、早く探して!」という気持ちで頭がいっぱいで、焦りと不安に襲われる。自分たちにできることを早くやらないと、という心境だ。遭難発覚当初のご家族は張り詰めた気持ちになっている。そのため、遭難直後に捜索依頼を受けた場合、ご家族からの着信で、私の携帯も24時間、鳴りっぱなしということもある。

 この時期は、とにかくご家族の話に耳を傾けることが最も大切だ。まず、要望を受け止める。話を聞くことで動揺や不安が少しでも和らぐよう努めている。遭難当初の捜索活動は公的機関によって行われるため、警察官から事情を聞かれたりすることが多いが、警察と家族の間だからこそ、話しづらいこともある。そうした時には、私たちのような第三者が話を聞くことで、少し気持ちが楽になる場合もあるようだ。捜索隊の立場からすれば、遭難者のことを少しでも多く知りたい。こちらから急かしたり、聞きただすような態度にならないよう慎重に、タイミングを見て少しずつ遭難者の情報を教えてもらう。

 だからこそ私は現場に行かず、ご家族と常に連絡を取れるようにすることが多い。どんな小さなことでも、何か疑問が生じた時にすぐに答えてくれる人がそばにいた方が、ご家族も安心するはずだ。

 また、今まで経験したことのない危機的状況とストレスから、極限状態に陥ってしまって眠ることもできない、というご家族がほとんどである。食事や睡眠が取れないと、人はどんどん判断能力を奪われる。「捜索は私たちに任せて、今日はどうかお休みください」とお伝えするが、やはり一睡もできなかった……という方も多い。この時期、警察や私たちに強い言葉を発してくるご家族もいる。「家族が遭難した」という特異な状況がそうさせてしまっているのだ。ご家族の心境を受け入れながら信頼関係を少しずつ構築していくことが、その後の捜索活動には非常に重要になる。

 遭難発覚直後の動揺から少し時間が経つと、次にやってくるのは否認や怒りという感情だ。「なんで帰ってこないの? 私たち家族はこんなにも苦しい思いを強いられているのに?」と考えるようになる。こうした気持ちは、ご家族内で落ち着かせることができるケースもあれば、私たちへ気持ちを吐露することで乗り越える方もいる。

 こういった段階を経て、ご家族は遭難者が帰ってこないということ、そして、それは山で行方不明になっているから、という事実を受け入れようとする。

 確かに、「亡くなっていたとしても、身体だけは帰ってきてほしい」と言うご家族もいる。この言葉だけ聞くと、家族の「死」まで受け入れているようにみえるが、やはり、ご遺体が見つかるまで、ご家族の多くは「どこかで生きていてほしい」という希望を持ち続けていることの方が多い。なぜなら、見つからないということは「もしかしたらこの山には行っていないのかもしれない」「どこかで元気に生活しているかもしれない」という可能性にもつながるからだ。

「本人じゃないかもしれない」と「本人であってほしい」という2つの気持ち

「なんで、見つからないんですか?」

 私が最も聞かれる質問だ。この問いを受けた時、私は細かく丁寧に状況をお伝えするようにする。

 これまで捜索を実施した場所と、まだ捜索ができていない場所を地図上に示し、あらゆる可能性を考えながら丁寧にお伝えすると、「ああ、じゃあ、もしかしたら、これから見つかるかもしれない」という希望を再び持ってもらえる。だからこそ私たち捜索隊は絶対に発見を諦めてはいけないし、常に次の策を考え続けなければならない。

 遭難発覚から時間が経つと、これからの生活のことを考え始めるご家族もいる。そのため、要望もケースごとに大きく異なってくる。「まだまだ探してほしい」というご家族もいれば、「残された私たちの今後の生活のことも考えると、捜索費用の負担が大きいです」と言われることもある。また「本人の携帯を解約したいんですが、行方不明者の場合、解約ができなくて困っている」と実務的な相談を受けるようにもなる。

 依頼を受けた捜索について、LiSSの方から打ち切りの判断をすることは決してない。なぜならこれまでも、もう探すところはないというほど捜索を行い、次の策が見つからないと思わされるところから遭難者を発見したこともあるからだ。どんなに時間がかかっても私たちは諦めない。

「1日や2日でご家族が見つかることは、ほとんどありません。捜索は長期化することが多いです」

 依頼を受ける時、このことは必ず最初に伝えている。

 ただ、遭難者が見つかるまで探し続けること、今後の生活の基盤を立て直すこと……。

 目の前のご家族にとっての“出口”を考えることも、私の役割のひとつだと考えている。

 遭難者が発見されると、それまで「生きているかどうか分からない」という曖昧だった状況が一変し、ご家族は「大切な人の死」の現実を突きつけられることになる。

「ご本人と思われるご遺体が見つかりました」とお伝えした時、「え……本当にうちの人ですか?」と反射的に戸惑いの言葉を発せられる方がほとんどだ。それまで「見つからない」という言葉を何度も何度も聞かされ、自分自身にも言い聞かせてきた。それが見つかったとなると、瞬間的に「よかった」よりも「見つかったって、どういうこと?」と困惑するようだ。「行方不明のままがよかった」と本音を漏らすご家族もいた。

 遺留品やご遺体を前にするということは、ご家族にとっては「本当に亡くなってしまった」という現実に対峙することを意味する。そして、今度は大切な人の「死」を受け入れなければならないのだ。

 行方不明から時間が経ち、ご遺体を発見できても、生前とはかけ離れた姿で見つかる場合も多い。ご家族は「本人じゃないかもしれない」と「本人であってほしい」という2つの気持ちの間で揺れ動く。それは、行方不明という事実を受け入れたご家族に再び、辛い事実を受け入れることを強いることでもある。それでも、私は、山中でご遺体を見つけたら、すぐにご家族に知らせたい。行方不明でどこにいるか分からない――そんな曖昧な状況から、ご家族を解放したいと思うからだ。

 DNA鑑定や歯型などによる身元確認でご本人だと確定したとしても、ご家族が大切な人とのお別れを受け入れるまでにかかる時間は様々だ。遭難者が発見された後も、ご家族の苦しみが全て消えるわけではない。「他のご家族は、どうやって立ち直っていったんですか?」と聞かれたこともある。

 遭難者を発見することが捜索隊の役割ではあるが、ご家族が「大切な人の死」を受け入れ、私たちを必要としなくなるその日まで、LiSSの役割は終わりにはならない。

 遭難者の事故の原因や最期の状況、目にした景色を知りたいと思うご家族は多い。しかし私たちは、ご遺体が見つかった現場の状況から遭難の経緯や死因について想像することしかできない。

 ご家族にとってはその状況を聞くことで、「亡くなるまで、山の中でひとりで怖かったろうな。苦しかっただろうな」とやりきれない思いでいっぱいになるが、それを伝えるのも捜索隊の大切な役割なのだと思う。

 よく「時間が傷を癒してくれる」という。だから、どうしても「1年経ったから」「三回忌だから」と、よく「区切り」という言葉を使ってしまうが、それは私たちのような第三者が勝手に決めてしまっていることなのかもしれない。物理的な時間の経過だけで、ご家族の心情は測れるものではない。

『「おかえり」と言える、その日まで―山岳遭難捜索の現場から―』より一部抜粋・再編集。

デイリー新潮編集部

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