【袴田事件】巖さんは87歳なのに、検察の姑息な方針で「年内判決は絶望的」 90歳・姉のひで子さんはどうみているか

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 今年3月、東京高裁は「袴田事件」の再審開始を決定し、東京高検は最高裁への特別抗告を断念した。しかし、再審の協議が静岡地裁で進んでいた最中、なんと静岡地検は「袴田巖さんが真犯人である」と有罪立証をする方針を明らかにした。このため、早ければ年内に無罪判決が下されるという期待は崩れ去った。1966年に静岡県清水市(現・静岡市清水区)で味噌製造会社の専務一家4人が殺された事件の犯人として死刑囚となった袴田巖さん(87)と姉のひで子(90)さんを追う連載「袴田事件と世界一の姉」の35回目。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

「とんでもないことをする検察」の揺り戻し

 静岡地検は7月10日、再審公判で有罪立証する方針を丸山秀和検事名で静岡地裁に伝え、公表した。この日は、静岡地裁から求められていた立証方針の提出期限だった。白旗を上げるかとも思われた静岡地検が再審で真っ向から反論することで、審理の長期化は避けられなくなった。

 これまでの流れを振り返る。今年3月、東京高裁(大善文男裁判長)は、事件発生から1年2カ月後の1967年8月31日に味噌タンクから見つかり、犯行着衣とされた「5点の衣類」の血痕の色味について、「1年以上、味噌漬けされた血痕の赤みは消える」と認定した。衣類の味噌タンクへの投入は「捜査機関による捏造の可能性が高い」として再審を決定し、東京高検は最高裁への特別抗告を断念した。

 この時、ひで子さんは巖さんに「もう安心しな。よく頑張った」と報告し、「検察は偉い。偉かった」とまで周囲に語っていた。再審無罪は間近と思われていた。ところが、ここへきて検察が「揺り戻した」のである。

 静岡地検が有罪立証する方針を明らかにしたことを受けて、静岡市内で記者会見したひで子さんは「検察はとんでもないことをするだろうと思っていた。これはしょうがない。検察の都合ですから。裁判で最終的に勝っていくしかない。これまで57年、闘ってきたのです。2年や3年長くなったってどうってことない。頑張ります」と気丈に述べた。

 弁護団(西嶋勝彦団長)の事務局長・小川秀世弁護士は「がっかりした。ただの再審請求審の蒸し返しに過ぎない。袴田さんはもう87歳で、ようやくここまで辿り着いたのに、検察は人の人生を何だと思っているのか」と怒った。

 検察側は犯行着衣とした「5点の衣類」について、「専門家の意見を聞くなど有罪立証に向けた追加の捜査を実施してきた」としたが、新たに7人の学者による共同鑑定をするという。笹森学弁護士は「7人も集まって鑑定するなど前代未聞。まるで署名活動。1人でちゃんとした鑑定ができないからでしょう」と皮肉った。静岡地検は弁護団に対し「目的外使用をされる恐れがある」として、彼らの名前や所属を公表しないと釘を刺している。

 1980年の第1次再審請求の頃から袴田事件に関わってきた田中薫弁護士は「『5点の衣類』がいつ(味噌タンクに)入れられたのかもはっきりしていないのです。最初、(警察は)犯行着衣はパジャマとし、新聞も血染めのパジャマと書きたてた。それが1年2カ月経って、麻袋に入った『5点の衣類』だったなんてことがあるのでしょうか」と話した。田中弁護士は2014年3月に巌さんが釈放されてから一度廃業したが、今年、弁護士会に再登録して弁護団に戻った。

 会見後、弁護団は静岡地検に出向き「立証が不可能であることがわかっているのに何らかの目的のために立証を試みる姿勢は裁判制度を愚弄するもの」とする抗議文を手渡した。

 笹森弁護士は「出てきた主任検事に新証拠を見せろと言ったが拒否された。この時点で見せられないはずはない」と話し、間光洋弁護士も「これまで十分時間はあったはず。証拠を示さなければさらに長期化する。許せないことです」と話した。

検事総長の判断なのか?

 三審が原則の日本の司法で「針の穴を通すほど難しい」とされ再審だが、検察は「再審開始=無罪」という「常識」に風穴を開けたいのか。ひょっとすると特別抗告の断念は、そんな意図を持った検察の前段パフォーマンスだったのかと勘繰りたくなる。

 小川弁護士は会見で「袴田さんが無罪と分かりながらこういうことをやっているのではないか。組織を守るためか、メンツのためか」とも話した。静岡新聞(7月11日朝刊)によると、捜査の担当者は「捏造の認定は是正しなくてはいけない。でも無罪になると思う」と苦しい状況を吐露しているという。。要は「面子があるので争うしかない」と言っているのと同じである。

 今回の検察の立証方針については、元東京高裁判長で冤罪事件とされる「名張毒ぶどう酒事件」の再審開始決定を取り消した門野博弁護士ですら厳しく批判している。

《再審公判で新たに証拠を出して争うのなら、少なくとも平成26年(2014年)に静岡地裁(村山浩昭裁判長)が再審開始を認めた後、早い段階でその主張をすべきだった。再審請求審で冤罪であることがほぼ明らかになったにもかかわらず、検察は自らの負けを認めようとせず、袴田巖さんを死刑囚の地位に留め置こうとしている。こうした姿勢は人権擁護の観点から憲法、刑訴法に背くもので不条理だ》(産経新聞:7月11日朝刊)

 門野氏は冤罪被害者の支援者からは「悪名高き裁判官」と呼ばれ、冤罪の専門誌『冤罪File』(希の樹出版)でもよく「悪人」の扱いで取り上げられていた。

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