「女性であることをネガティブに捉えたことはない」 数々の人気番組を担当する舟崎彩乃が語るラジオ業界の舞台裏
放送中にその日のハイライトを編集
もうひとつ、AD時代に鍛えられたこととして、音声の編集スキルがあります。今もディレクターとして参加している「オードリーのオールナイトニッポン」という番組では、エンディングでその日の放送のハイライトを流します。そこでADには、生放送の最中に面白かった場面を編集して、エンディングまでに用意する、という重大なミッションが課せられるんです。そのためADは、放送中に盛り上がったタイミングでメモを取ったり、録音に印をつけたりして、CMに入ったらどんどん編集をしていきます。
もちろんプレッシャーは感じます。でも編集の力は確実に育つし、演者さんの反応をもらえたりするとすごくうれしい。時々、ブースの中で聞いているオードリーのお二人がハイライトを聞いて笑ってくれるんです。面白いところを選べたことに安心するし、自信にもつながりますね。おかげで編集の速度だけは胸を張れるようになりました(笑)。
2年目にディレクターに
――ディレクターになると、お仕事にはどんな変化が生まれるのでしょう。
私の場合は入社2年目でディレクターとして番組を担当することになりました。ちょうどその3月から、当時18歳だったシンガーソングライター・井上苑子(いのうえそのこ)さんが「オールナイトニッポン0(ZERO)」のパーソナリティーとなり、その担当をすることになったんです。当時はまだ女性ディレクターが多くなかったので、同性で年も近い私が声をかけられたのだと思います。
ディレクターの大きな仕事は、番組時間をどんなふうに使うかを決めることです。オープニングやコーナーに何分使うか、どんな順番で進めていくかなど、自分の頭の中で組み立て、それを作家さんやパーソナリティーに提案していく、いわば番組の骨組み作りですね。
もちろん番組中にインカムでパーソナリティーに指示を出したり、CM明けのジングルやトーク中のSEを入れたりするのもディレクターの仕事です。ただ、それらも、流動的なトークに対応しながら、自分の中の番組のイメージを組み立て直していく作業になります。
初めての放送は、実はあまり緊張しなくて……。当時の先輩だった石井玄(いしいひかる)さんなどがサポートとしてADについてくれていたし、それよりは自分で番組を作っていることに感動していました。また、パーソナリティーの井上さんはその春に高校を卒業したばかりで、基本的なことを一緒に学んでいく態勢が取りやすかった。私も彼女も自炊に憧れがあると言って盛り上がり、スタジオにある給湯室で一緒に牛丼を作る様子を放送したりもしました。当時は私もまだ社会人としての経験が浅く、手探り状態ながら等身大で取り組めたのは貴重な体験となりました。
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