百貨店を「科学」して「個客業」へと進化させる――細谷敏幸(三越伊勢丹HD社長CEO)【佐藤優の頂上対決】

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 長らく冬の時代が続き、地方では閉店が相次いだ百貨店。コロナ禍でも大きな影響を被ったが、その中で着実に改革を行ってきたのが三越伊勢丹HDだ。好調な富裕層消費を背景に、顧客それぞれに応じたきめ細かなサービスを提供する新時代の百貨店に変貌しつつあるのだ。その成果は昨年度の決算に表れた。

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佐藤 昨年度の伊勢丹新宿本店の売り上げは、バブル期の記録を塗り替え、過去最高となったそうですね。

細谷 これまでに年間3千億円を超えたのは1991年度の1度だけでした。昨年度はそれを上回り、3276億円になりました。またグループ全体としても、予想より上振れして、総売り上げは4874億円、営業利益は296億円です。

佐藤 コロナ禍でのマイナスを一気に取り戻した感じですね。

細谷 まだ入店客数はコロナ前の水準に戻っていないのです。だいたい80%程度で、インバウンド需要も60%ほどです。ですからその売り上げは、日本人の上質なお客さまがたくさんお買い上げしてくださったことによるものです。

佐藤 この2年間、外国や国内旅行に行けなかったお金に余裕のある人たちが、コロナ禍が少し落ち着き始めたところで、一気に消費に向かったのでしょうか。

細谷 そうかもしれません。私どもが発行するエムアイカードをお持ちだったり、三越伊勢丹アプリをお使いであったり、あるいはEC(電子商取引)を利用されたりして、直接つながりがあるお客さまを、私どもは「識別顧客」と呼んでいますが、全体の売上高のうち、識別顧客売上高が多くを占めています。伊勢丹新宿本店や三越日本橋本店においてはそれが7割にも及びます。

佐藤 つまり、三越伊勢丹をひいきにしている顧客の方々がたくさんお金を使った。

細谷 その通りです。いま私どもは「マスから個へ」という方針のもと、そのニーズを的確につかみ、それぞれの方に合った商品のご提案ができる仕組みを構築しています。その結果が出たのだと思います。

佐藤 エムアイカードは、どのくらい発行されているのですか。

細谷 約270万枚です。そこにアプリやECをご利用いただいた方を加えると、約590万人になります。この方々が識別顧客になります。

佐藤 それは大きな数ですね。北欧のフィンランドやノルウェーの人口より多い。

細谷 この2年間はデジタルのお客さまが毎月7、8万人増え、識別顧客数は急激に拡大しました。このお客さまに向けて、高感度で上質な商品をお届けする。そうしたビジネスに百貨店を転換させています。

佐藤 長らく百貨店は冬の時代でした。さらにそこにコロナ禍が襲った。その中で、改革が進められてきたのですね。

細谷 私どもは大きく変わろうとしています。かつて百貨店は、家族で訪れ、催事を回り、洋服や雑貨などを買って、最後はレストランで食事をして帰るような場所でした。

佐藤 1960年生まれの私にとって、百貨店はまさにそういう所でした。大宮に住んでいましたが、小学校4年くらいまで駅に大手デパートはありませんでした。当時、父は富士銀行の小舟町支店に勤めていましたので、たまにその近所の三越日本橋本店へ家族で出かけることがあり、それが何よりも楽しみでした。

細谷 私の幼い頃も、そんな感じでしたね。

佐藤 当時のデパートの食堂は大きなフロアに和食も中華も洋食もある、特別なところでした。デパートに行ったらそこで食事をして帰る。中間層にとって、一種のレジャーランドでした。

細谷 当時はモノを買う場所が、百貨店か町の商店街しかなかったんです。ですから特別な場所でしたが、その後、どんどん環境が変わってきた。大型スーパーマーケットやショッピングセンターが生まれ、さらにカテゴリーキラーと呼ばれる大型専門店が参入してきました。

佐藤 同時に家の近所では、コンビニエンス・ストアが定着します。

細谷 その通りで、お客さまに選択肢がどんどん増えていった。でも個人消費総額は、そんなに変わらないのです。ここ十数年を見ても、ずっと300兆円ほどです。だからその中で百貨店は変化しなければならなかったのに、それをやらなかった。

佐藤 郊外のショッピングモールなら、品ぞろえも負けてはいないし、遊ぶところもあります。かつてのレジャーランドの役割はそこに移行しました。

細谷 もう一つ、百貨店に大きな影響を与えたのは、スマートフォンです。十数年前に登場してから、お客さまが検索という武器を手にしてしまったんです。それまでの百貨店の強みの一つは、「比較購買」できることでした。それが自分でできるようになった。いまは、お客さまはまず自分で調べて商品を決めてから買いに行く、あるいは三つぐらいに候補を絞って、それがそろっている場所に行くようになりました。

佐藤 そのままネットで買うこともできます。

細谷 はい。購買行動が大きく変わった。その中で、どこでも売っているものを百貨店で並べていても、当然、うまくいきません。だからビジネスモデルを変えなくてはならない。現在の改革はそこからスタートしています。

佐藤 そこで識別顧客に着目したビジネスモデルを考えた。

細谷 やはり百貨店が得意なのは、上質で高感度な商品をお届けすることです。お客さまがこだわりを持つ特別な商品を提供する。そのためにはお客さまのことを知り、欲しいと思った時に選んでいただける場所にしなければなりません。だから一度百貨店に入って来られたお客さまは、すべて識別したい。その上で、それぞれのニーズに合ったサービスを提供していきたいのです。

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