「走る哲学者」為末大が半生をかけて考え抜いた「いかに学ぶべきか」の最終回答

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「走る哲学者」が辿り着いた人生を極めるバイブル

「どう思われるかではなくて、どう思うかを大事にする」

「答えは人の数だけある」

「自分も相手もバカにしない」

「あえて少数派になってみる」

「いつもより、ちょっとだけチャレンジしてみる」

 現役時代、勤務していた大企業を辞めて、プロの陸上選手に。専属のコーチは付けず世界を一人で歩いて回った。そして、スプリント種目の世界大会(世界陸上)で日本人初のメダル獲得(計2回)、オリンピックに3度出場、男子400mハードルの日本記録保持者(いまだ破られず)――素晴らしい成績を残しながら、あくなき探求心から「走る哲学者」の異名を持つのが陸上競技界のレジェンド・為末大(45)である。

 冒頭の標語は、現役引退の2か月後、2012年8月に自身が行ったイベント「為末大学」で掲げた“校訓”である。現役選手だったころ、トレーニングのため渡米した際に、各国の選手がにぎやかに議論をしているのに、何もできなかった自分を悔い、議論できる人間を育てるために行ったイベントだ。

 明解だが、よく考えると奥の深いこうした言葉が次々と出てくる背景には、本人が競技者時代から大変な読書家であったことが挙げられる。

「すぐに消費されてしまう、ハウツー物は好きじゃない。100年後も残っている本、読み継がれているであろう本だからこそ、強い刺激を受けられるんです」(2012年10月17日・読売新聞)
〈陸上も真剣なら、読書も真剣。自身の生涯が1冊の本だとしたら、1世紀たっても読まれる良書になりたいという強烈な願望が細身の体に潜む〉(同)

 そんな為末が、最も書きたかったという本が刊行される。テーマは「熟達」。単なる習得でも上達でもない、「熟達」とは何か。人生全般に通じるエッセンスを深く考察しながらも平易に綴った著作から、一部分を抜粋する(以下、引用は『熟達論 人はいつまでも学び、成長できる』新潮社刊より)

上達するための極意

〈私は、陸上競技の選手として三度オリンピックに出場し、二度世界大会でメダルを獲得した。このような背景を持っていると、人から「上達すること」に関してよく質問される。

「どうやってモチベーションを保っていましたか?」

「スランプの時、どうしていましたか?」

「どうやったら速く走れますか?」

 と。人は何かを習得していく際に、悩むことがたくさんあるのだろう。私自身、小学三年生から三十四歳までの二十五年の競技人生の中で、どうすればもっと速く走れるのか思い悩むことがたくさんあった。

 せっかくなので質問してくれた方には必ず二、三回質問を返す。相手がスポーツ選手であれば、実際に目の前で試合の時と同じように動いてもらうこともある。なぜ質問をして動きを見るのか。そうすることで、その人が今いる成熟段階がわかるからだ。

 相手の段階が違えば、時には正反対のアドバイスをすることすらある。例えば初心者の方がうまくいかなくて悩んでいる。話を聞いてみると複数のオンライン動画、本から学んでいるという。そうであれば「参考にする相手をまずは誰か一人に絞り込んでその人が言う通りにやってみてください」とアドバイスするだろう。ある程度段階が進んだ状態でなければ、複数の人のやり方から良い点だけを抜き出して活かすのは難しいからだ。

 一方で、数年程度の経験がある人がうまくいかなくて悩んでいるような場合もある。これまで同じコーチから、同じアドバイスを受け、同じ練習を繰り返してきたという。その場合は思い切って違うコーチに相談してみてはとアドバイスするだろう。違う刺激を入れて、新しい展開を生み出す必要がある段階にきていると予想されるからだ。段階が違えばこのように正反対のアドバイスになる。

 同じように、二人のトップアスリートが矛盾する言葉を残すことがある。

「自分の頭で考えることが大事」

「考えるな。言われた通りやってみろ」

 自分で考えた方がいいのか、それとも言われた通りやったらいいのか。今では、この二つは矛盾しておらず段階が違うだけだということがわかる。

 私自身競技人生の中で、二つの矛盾した考えをどう整理していいのか悩むことがよくあった。大学時代はコーチをつけず独学で学び自分を鍛える方法をとっており、陸上競技で世界一になりたいと思っていたから、行きたい方向はわかっていた。だが、自分が今どの位置にいるのか見えなくなり、何をやればいいのかわからなくなることもあった。地図上で、行き先はわかっても、自分がどこにいるのかがわからないようなものだ。

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