変わりゆく保険業界で「主体性」を持つ社員を育む――舩曵真一郎(三井住友海上火災保険社長)【佐藤優の頂上対決】

  • ブックマーク

Advertisement

育休職場応援手当

佐藤 組織作りにおいて、私は20名ほどのチームならうまく作れるのですが、それが限度で30名以上はうまくいかないのです。だいたいメンバーが先鋭化して周りのグループとのあつれきが生まれ、ロクでもないことが起きる(笑)。

舩曵 チームを最適化できる規模はあると思います。きちんと社員一人ひとりの承認欲求に応えてあげるには大きすぎてはいけない。それは50人や100人ではなく、やはり10人程度だと思います。スポーツでも50人で行うものはありませんよね。野球もサッカーも10人程度です。それ以上になると、ラグビーやアメリカンフットボールのように、役割がはっきり分かれてくるし、試合中に次々と交代するようになる。

佐藤 なるほど、スポーツのあり方が参考になる。

舩曵 その10人ほどのチームのリーダーに大きい権限を与えていくのが大切です。逆にその上の役職の人たちは、それでうまくいく組織をどう作っていくかで、人間力が試されることになる。

佐藤 何かあったら、上司も責任を取らなくてはいけないですからね。

舩曵 もともと責任なんか取っていないじゃん、ということもありますけれどもね(笑)。

佐藤 お話を伺っていると、人を信頼し、大切にしようという雰囲気が会社にありますね。先日は出産する社員の同僚に最大10万円を支給する「育休職場応援手当」の制度が話題になりました。

舩曵 これには少し経緯がありまして、私は2020年に初めてイスラエルに行ったんです。そこで「どうして日本は成長が止まったのか」と度々聞かれたんですね。その時、やっぱり少子化かな、と思った。イノベーションがないのが原因などといわれますが、短期間に日本人の本質が変わるわけもない。明らかな変化は子供が少なくなったことです。

佐藤 イスラエルの出生率は、宗教的な理由もあり、日本の倍はあります。

舩曵 それを知らずに行ったのですが、現地を見て、コミュニティーの力が強く、教育費がほぼ無償であること、男性の育児参加に対する意識が強いことなどが相まって3.0に近い出生率になっているのだと思いました。それで帰国したら、部下の妻が出産で体調を崩したと聞いたんですよ。

佐藤 最近はそういう話をよく聞きます。

舩曵 そこで2021年に男性も原則1カ月間育児休暇を取る制度を作りました。ただそれでは解決しない問題もある。それで1人目の子供に100万円、2人目は200万円、3人目は300万円と、祝い金を出そうとしたのです。でも人事担当者が「それはウケないですよ」と言ってきた。

佐藤 問題の在処(ありか)が違う。

舩曵 社員が一番悩んでいるのは、忙しい中で自分だけ休むことだというんですね。だから休みやすい環境を作った方がいいと。それで生まれた制度なんです。

佐藤 表立って言いはしませんが、多くの女性は繁忙期に重ならないよう出産時期の調整を行っています。ですから、非常にいい制度です。

舩曵 こんなに話題になるとは思いませんでした。また、私は「ウケない」と部下から言われたことが何よりうれしかった。先ほど申し上げた主体性が浸透してきたと思いました。今後もこうした主体的に行動する社風をさらに育んでいきたいですね。

舩曵真一郎(ふなびきしんいちろう) 三井住友海上火災保険社長
1960年東京都生まれ。神戸大学経営学部卒。83年住友海上火災保険(現・三井住友海上火災保険)入社。開発営業部テレコミュニケーションズ開発チーム課長、自動車保険部部長、埼玉西支店長などを経て、2010年営業企画部長、13年執行役員経営企画部長。15年常務、17年専務、20年副社長となり、21年より社長。

週刊新潮 2023年5月4・11日号掲載

前へ 1 2 3 4 次へ

[4/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。