変わりゆく保険業界で「主体性」を持つ社員を育む――舩曵真一郎(三井住友海上火災保険社長)【佐藤優の頂上対決】

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 新技術ができれば、そこに新たなリスクが生じ、それをカバーする保険が必要となる。先の見えない時代にあって保険の役割は高まる一方だが、新しい保険を生み出すには、社員の高い企画力が不可欠である。社員の力を引き出す職場をどう作るか、リスキリングから育休環境整備まで巨大損保の取り組み。

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佐藤 この数年、度重なる自然災害にコロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻と、思いもよらぬ出来事が次々と社会を襲いました。先を見通すことが非常に難しくなっている中で、いま保険の役割はますます高まっています。

舩曵 保険業界としても会社としても、そしてまた一人の人間としても、その力量が試される時代になってきたと感じています。この3年ほどのコロナ禍によって、保険金の支払いが急増した保険もありました。その一方、ステイホームで外出を控えるようになったために自動車の交通量が減り、事故は少なくなりました。

佐藤 そんなところにもコロナの影響があるのですね。

舩曵 もっとも一時的に自動車保険の支払いが減りましたが、いま再び増加しています。そして自然災害では、過去10年間の支払いが、その前の10年間の約3倍に上っています。

佐藤 損保業界は、自動車保険で収益を上げ、火災保険は10年以上赤字だといいますね。

舩曵 その通りで、これまで大きな自然災害は10年に1度程度だったのが、いまは10年に1度起きない年がある、という感じです。

佐藤 日本には地震も台風もありますが、集中豪雨も以前とは比較にならないほど大きな被害をもたらすようになりました。

舩曵 自然災害が恒常化しているのです。そうした時代の保険は、みんながお金を出し合い、不幸にも災害に遭ってしまった人たちを救済するという相互扶助の発想だけでいいのかと、考えざるを得ないですね。財産を守ることも大切ですが、まずその前に人命を守らなければならない。

佐藤 そうなると、単なる保険の枠には収まりきらなくなりますね。

舩曵 いまはテクノロジーが発達して、家が河川に近いとか、海に近いとか、あるいはどんな道路に面しているのかによって、災害や事故の発生率がある程度まで予測できるようになっています。つまりどのようなリスクがどこにあるかがわかる。ですから災害や事故が起きる前にそれらを防いだり、その後の迅速な復旧も考えたりしながら、保険を作っていく時代になったと思っています。

佐藤 予防ができれば保険料の支払いも減りますから、双方の利益となります。

舩曵 そうした技術を得るために、2020年にアメリカのIT保険会社ヒッポ(Hippo)へ出資しました。アメリカの主な自然災害は山火事とハリケーンです。ヒッポは人工衛星を使い、山火事がどこで起き、火がいつ迫ってくるかなどを把握して、最適な避難ルートを示すサービスも行っています。

佐藤 その情報は、被害を受けた人を守るだけでなく、救助作業や鎮火作業を行う人にも有効ですね。

舩曵 まだ日本には、宇宙から災害状況を確認するようなダイナミックな発想は多くありません。その能力や技術を学ぶだけではなくて、こうした仕組みでどんなことができるのか、考えているところです。

佐藤 本来は国や地方自治体が行うべきことではありませんか。

舩曵 民間には民間ならではの切り口があります。災害が発生すれば、同時に多くの被災者への対応をしなければなりません。ですから国や地方自治体と情報を共有し、国民、保険契約者の方々が一刻も早く日常生活に戻れるようお手伝いすることも重要です。

佐藤 すでに始まっている試みはありますか。

舩曵 例えば「被災者生活再建支援サポート」です。被災した人は、保険会社や自治体で、同じような調査を受けなければならないんですね。でも非常時に2カ所別々に調査されるのは負担ですよね。また住んでいる場所と実際に被害を受けた場所が違ったりします。私どもはそうした情報も持っていますから、自治体が罹災証明書を発行する際、それを活用してもらうのです。

佐藤 これはどのくらい広がっているのですか。

舩曵 現在、80の自治体と提携し、罹災証明書の迅速発行ができるようになっています。

佐藤 自治体としても柔軟に対応しているのですね。

舩曵 また自治体に対しては、災害時に限らず、自動車のドライブレコーダーが撮影した道路の破損状況に関する情報を提供するサービスを始めました。「ドラレコ・ロードマネージャー」と言いますが、私どもはドライブレコーダーとセットになった自動車保険を手掛けていますので、道路の亀裂や周辺の構造物の損壊状態がわかります。そのデータを加工して付加価値をつけ、地方自治体に提供するのです。

佐藤 自治体としては調査する手間が省ける一方、保険会社は事故予防ができる。

舩曵 その通りです。自動車は今後、常時ネット接続されたコネクテッドカーになっていきますから、可能性はさらに広がります。その反面、サイバー攻撃のリスクなど新たな問題、予期せぬ形の事故が発生してきます。今後はこうした問題にも対処できるようにしていかなければなりません。

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