尹錫悦を国賓として招いたバイデン 韓国を引き戻すニンジンは…半島波乱の幕開け

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「核共有」と呼ぶ韓国、否定する米国

――バイデン大統領が否定したのはなぜでしょうか?

鈴置:韓国が望むNATO型の「核共有」は、米国の戦術核を韓国に再配備することが前提ですが、米国にその気はない。韓国に妙な期待を抱かせないよう、クギを刺したのでしょう。

約束していないのに「約束を取り付けた」と言いふらして相手に譲歩を迫るのが韓国外交の常套手段です。バイデン政権もこれを十分に承知しています。

 ちなみに4月26日の米韓首脳会談の直後、韓国政府高官が「事実上、米国と核を共有することになった」と説明したところ、米政府高官が直ちに韓国記者団に「これは『核共有』ではない」と明確に否定しています。

 今年1月の段階でもバイデン大統領が「核共有」を否定した背景には、「ヘーゲル答申」直後から「従中の韓国を核に関する協議に参加させるべきではない」との意見が米外交界で浮上したこともあるでしょう。なお、それを知った韓国の保守系紙は「このままでは米国に見捨てられる」と国民に訴えました。

 また拙著の紹介となって恐縮ですが、米韓での議論については『韓国民主政治の自壊』第4章第2節」の237―240ページをご覧ください。「ヘーゲル答申」と韓国への適用に関して記した日本語の文献がほかには見当たらないのです。

 尹錫悦政権が「核共有」を唱えても、韓国に対する米国からの非難攻勢は止まりませんでした。それはあくまで北朝鮮用であって、中国に立ち向かう意図はなかったからです。

 米国で朝鮮半島問題の第一人者と見なされるV・チャ(Victor Cha)ジョージ・タウン大学教授が朝鮮日報に「What Can Yoon Do to Promote Freedom and Democracy?」(1月5日、英語版)を寄稿しました。

 見出しの「尹錫悦政権は自由と民主主義を発展させるために何をするのか」が示す通り、韓国に「米国側か中国側か」と立ち位置を厳しく問うたのです。チャ教授は「民主主義を守るために大きな声をあげる必要があるのに、その機会を失すれば韓国の恥となる」と言い切りました。

 なお、朝鮮日報は翻訳して韓国語版にも載せたのですが、韓国保守を批判する部分を改竄した結果、見出しも含めピンボケな記事になっています(「『言うだけ番長はやめろ』と尹錫悦を叱った米国 広島サミットに招待しても食い逃げされる理由」参照)。

「従中」の韓国に期待するな

 米国の韓国への疑いは3月16日の日韓首脳会談の後も変わりませんでした。尹錫悦政権が対日関係の改善に乗り出したからといって、中国に対する弱腰に変わりはなかったからです。米国のアジア専門家は一斉に「従中の韓国には気を許すな」との声を上げました。

 日本経済新聞に対し、米ランド研究所のJ・ホーナン(Jeffrey Hornung)上級研究員は次のように語りました。「安全保障どう変わる 日韓首脳会談、有識者の見方 中国念頭の協力は限定的」(3月17日)で読めます。

・韓国にとって中国は敏感で厄介な存在といえる。米国は中国を「脅威」、日本は「挑戦」と位置づける。韓国が公の場で同様の言葉を使う準備はできていない。
・韓国政府の人たちは中国問題の議論をためらう。台湾についても語りたがらない。経済的な結びつきの強さから、対中国を意識した安保協力は限定的になる。少なくとも対北朝鮮ほど早くは進まないはずだ。

 韓国が反中同盟に入るなどと安易に期待してはならぬ――と岸田文雄首相と日本人を諭したのです。

 先ほど引用したロイ氏の「South Korea Will Stay Out of a Taiwan Strait War」も、実はそれを訴えるのが主眼の記事です。「台湾有事にも知らぬ顔の韓国」という見出しからして分かります。

 ジャーナリストのM・フルコ(Matthew Fulco)氏が「The Japan Times」に載せた「Why South Korea still handles China with kid gloves」(3月29日)も「腫れもののように中国を扱う韓国」と揶揄した見出しを付けています。

幼馴染の外交司令塔を更迭

――波状攻撃ですね。

鈴置:これだけ非難されれば、尹錫悦大統領も「中国に立ち向かわない限り、米国から見捨てられる」と悟ったはずです。大統領は人事で大ナタを振るいました。

 3月29日、大統領室の金聖翰(キム・ソンハン)国家安保室長を事実上、更迭しました。外交の司令塔であるうえ尹錫悦大統領の小学校以来の知己で、外交の指南役と見なされてきました。

 学者出身で外交部には政治任命で所属したことがあるだけですが、伝統的な「米中二股」派です。尹錫悦氏にしてみれば、この信頼していた指南役こそが、ザカリア氏から公開の場で難詰される原因を作ったのです。

 金聖翰室長は米韓首脳会談を実現するため、米韓を往復していました。国賓訪問が決まり、4月26日の会談まで1カ月を切った時点での更迭は異様でした。米中二股派が安保室長のままでは米国から信頼を勝ち取れず、譲歩も引き出せないと大統領は覚悟したのでしょう。

 金聖翰氏の更迭後、外交の司令塔は安保室の金泰孝(キム・テヒョ)第1次長が担っていると韓国メディアは報じています。金泰孝氏は米国との同盟を最優先する確固たる親米派です(「尹錫悦、外交チームを突然『粛清』 レディー・ガガ?日韓関係?米韓首脳会談の直前、飛ぶ憶測」参照)。

――尹錫悦大統領は決断力がありますね。

鈴置:もちろん、大統領個人の資質もありますが、背に腹は代えられなかったというのが実情と思います。米国から国を挙げて「米中どちらの味方なのか」と問い詰められる。「親米」の旗を掲げた以上、「従中」と見なされる「二股」はもうできない。このままではバイデン大統領と会っても土産も貰えず、政権が失速しかねない――。そんな厳しい現状に突き当たったのですから。

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