従業員の幸福度が高まれば企業は成長する――前野隆司(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)【佐藤優の頂上対決】

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 テレビをつければ、転職をあおるCMが喧しい。以前からの人手不足に、コロナ禍で多様化した働き方が相まって、企業はいま人材獲得と社員が辞めない体制作りに必死である。そこで注目されているのが、社員の「幸福度」を研究してきた前野教授だ。幸福度が高い会社とは、いったいどんな組織なのか。

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佐藤 前野先生は日本における「幸福学」の第一人者です。その研究は個々人の幸福のみならず、企業や組織における幸せな働き方や幸福の実践について分析されているのが特徴です。

前野 幸福というと、まず「ハピネス(Happiness)」という言葉が思い浮かびます。ただ、これは感情的に幸せな状態で、短期的なものなんですね。一方、「ウェルビーイング(Well-being)」という言葉があり、その英単語は健康、幸せ、福祉などと訳されます。身体的、精神的、社会的に良い状態を指しますが、私はこちらの視点で幸福の研究を行っています。ですから人生で長い時間を過ごす企業や組織の研究が非常に重要になってくるのです。

佐藤 幸福と組織との関係には、さまざまな研究があるようですね。

前野 はい。すでに数多くの研究があり、例えば「ハーバード・ビジネス・レビュー」2012年5月号は「幸福の戦略」という特集を組んでいます。そこには、幸福度の高い社員の創造性はそうでない社員より3倍高いとか、生産性は31%、売り上げも37%高いといった研究が紹介されています。

佐藤 経営者にとっては無視できない数字です。

前野 また幸福度の高い社員は、そうでない社員に比べて欠勤率が41%、離職率は59%低く、そして業務上の事故を起こす確率も70%少ないというデータもあります。

佐藤 幸福の中身の探究ではなく、数量的に見ていくのですね。

前野 従来、幸福は哲学者が論じてきた分野ですが、欧米の研究も私も心理学がベースになっています。幸福かどうかを私が定義するのではなく、1万人分くらいアンケートを集めて分析するのです。具体的には、自分の状態を「とても幸せ」「やや幸せ」「どちらでもない」「やや不幸せ」「とても不幸せ」から選んでもらう、実に味気ないものですが。

佐藤 帰納法的に幸福を導き出していく。

前野 ええ、淡々と結果を分析して統計的事実からこういう人が幸福だと定義していきます。

佐藤 幸福はお金が主たる要因ではないようですね。

前野 ノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学のダニエル・カーネマン名誉教授は、年収と幸福度の関係について、7万5千ドルまでは年収が増えるほど幸福度が上がるけれども、それを超えると横ばいになることを明らかにしています。

佐藤 前野先生は、人材派遣会社のパーソルと一緒に、働く人の幸福度の調査を行っていますね。

前野 パーソル総合研究所と私の研究室では「はたらく人の幸せに関する調査」を2019年7月から実施しています。幸せと不幸せは、その条件となるものが異なるのではないかと考え、それぞれ七つの因子を提示して、アンケートを取ったんですね。

佐藤 どんな因子ですか。

前野 働く人の幸せの因子は、「自己成長」「リフレッシュ」「チームワーク」「役割認識」「他者承認」「他者貢献」「自己裁量」の七つです。一方、不幸せは「自己抑圧」「理不尽」「不快空間」「オーバーワーク」「協働不全」「疎外感」「評価不満」の7因子。各因子につき3問、双方合計して42問のアンケートに答えてもらうのです。

佐藤 これはどのくらいの規模の調査なのですか。

前野 国内4634人です。やはり幸せの7因子が生産性やエンゲージメント(仕事への愛着)に、正の相関関係を持つことがわかりました。計測すると可視化できます。ある因子では上位にあるけれども、別の因子では下位であるということがはっきりする。そうすると、その組織の状態が見えてきます。

佐藤 つまり点検材料になる。

前野 数字を見ると、低い評価の項目は自然と上げたくなっていくものです。だから幸福について考えていない企業が参加すると、社員の幸福度は割と簡単に上がります。

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