地に足が着いているが予測不能! トンチキさがうれしい「往生際の意味を知れ!」がめちゃくちゃ面白い

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 映画監督志望の学生が有名漫画家の娘にひと目ぼれ。彼女を主演に撮った作品は国際映画賞も受賞。彼女と付き合うも、唐突に別れを告げられ音信不通に。失意のあまり映画への情熱も失い、市役所勤めに。ただ7年間、元カノを忘れられない。彼女の映像を繰り返し観て対話する姿は、一種のサイコホラー。彼の固執っぷりを観て「これはいただけないやつか」と思いきや……。

 アパートが落雷で全焼。彼女の映像も写真もすべてを失って絶望するも、そのタイミングで当の本人から突然連絡が。「出産ドキュメンタリーを撮ってほしい」と言う。恋愛感情も認知も養育も不要、ただただ精子が欲しいと言われ、混乱しながらもうれしさダダ漏れ。

 なんだこれ、めちゃくちゃ面白いぞ! ドラマのホームページには原作者の漫画家・米代恭のコメントが。「こんなトンチキなお話がまさかドラマになるとは思っていませんでした」と。いや、もうトンチキが欲しいんですよ、今のテレビドラマ界には。記憶喪失と入れ替わりと殺人ゲーム、ファンタジーばっかだから!

 トンチキというが、セリフや人物が知的かつ現代的、展開も意表を突く。知的トンチキに心をつかまれたのが「往生際の意味を知れ!」だ。

 主人公・市松海路を演じるのは青木柚、元カノ・日下部日和を演じるのは見上愛。NHKの名作「きれいのくに」(2021年)で好演した若手ふたりが超適役。

 東大卒のインテリで往生際の悪い海路を、青木が多彩な表情で魅せる。ホント、角度によって幼く見えたり、ハッとするほど老獪に見えたり、一瞬、松下洸平に見えたり。元カノを「あなた」と呼ぶ男は好ましく、青木のもつ柔らかさに合致する。

 で、日和はなまめかしいが言動のすべてに緻密な打算があり、言葉は丁寧でも棘と毒が満載。見上愛という女優の全魅力をまるっと露出できる役だ。半眼と無表情で、相手に致命傷を与える攻撃力の高さも痛快だ。

 好意を抱き続け、隙あらば復縁を狙う海路。好意は皆無、目的のために我が道をゆく日和。基本は温度差のあるふたりのラブコメだが、ここに「毒親への復讐」という要素が投入される。

 日和の母は有名漫画家・日下部由紀(山本未來)。3人の娘の子育てエッセイ漫画が国民的人気になったのだが、作品の中では「夫は心の病で精神科病院に入院し、亡くなった」ことになっているも、事実は異なる。母が父を殺したと思っている日和は、母への復讐を誓う。自分の出産をネタに母が漫画を描いた後で出産ドキュメンタリーを発表し、母の欺瞞を暴こうともくろんでいる。父の死に同様に疑問を抱く次女(安斉星来)や父の姉(遊井亮子)とともに計画し、海路を巻き込む。

 7年前の失恋で絶望した海路を知る後輩の榊田(三山凌輝)は、日和に警戒心を抱く。確かに「やばい女センサー」は働くよね。ところが海路は日和に夢中、人気俳優である榊田も利用し、復讐劇に巻き込もうとする。

 毒は強いが正しさもある。地に足着いた現代劇だが、予測不能。ドラマ端境期に思わぬ宝物を見つけた気分。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2023年3月30日号掲載

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