「球速には興味がない」 中3の頃のダルビッシュ有が語った投手論(小林信也)

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 ダルビッシュ有が中学3年生の時、所属していた全(オール)羽曳野ボーイズのグラウンドで会ったことがある。

 晩秋、平日の夜。ダルビッシュは中学野球を引退し、高校野球に備えて体を軽く動かす程度の時期だった。彼以外に3年生の姿はなかったから、やはり野球が好きなのか、そのグラウンドが彼の居場所だったのか。

 私はそのころ、ダルビッシュも出場した世界少年野球選手権の日本代表監督を務めた瀬野竜之介(現・堺ビッグボーイズ代表)と親しく交流していた。その瀬野が、「有に会いに行きますか」と誘ってくれたのだ。

 すでにダルビッシュは身長190センチを超え、中3夏には最速144キロを記録して話題になっていた。

 当時の勢力図からいえば、大阪の中学ナンバーワン投手なら真っ先にPL学園が誘うところだろう。誘われれば勇んで行く選手が多かった。が、ダルビッシュはPLを選ばなかった。あくまでうわさだが、入学しないならできるだけ遠くに行ってくれ、と言われたとか。が、ダルビッシュが父親と全国の強豪校を見学に回ったのは事実だ。

「有は、自分がのびのびやれそうな高校を探したんやと思います」、瀬野が言った。そして、東北高校の校門をくぐってすぐ、「ここに決めた」と言ったと、これはもはや「伝説」だが、彼を一瞬で決断させる魅力がそこにはあったのだろう。直感を大切にするダルビッシュらしい逸話ではある。

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