眼内コンタクトレンズを入れる「ICL」を受けてみた 片目数分の手術で世界が鮮明に(古市憲寿)

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 最近、人と会うとICL手術を受けたという話ばかりをしてしまう。眼内コンタクトレンズを入れる手術で、裸眼で0.4だった視力は1.2前後まで上昇したのだ。他人から見れば何の変化もないのでぽかんとされるのだが、こちらから見える世界は劇的に変化した。

 実は目の手術をするのは初めてではない。子どもの頃から近視だったため、2008年にレーシックを受けている。こちらは角膜で屈折を矯正する手術で、当時大流行していた。

 だが歳月と共に再び視力は低下。裸眼0.4というのは、日常生活を送る上で大きな困難はない。廊下で人とすれ違っても顔がよく見えないが、マスクを言い訳にできる時代なので問題はなかった。スタジオではカンペが見えないが、どうせ台本は無視するので困らない。

 そう思っていたのだが、1.2と0.4の世界は大違いだった。一言で言えば、自分に自信が持てるようになった。駅の案内板、商品の値段などがありありと見える。いかに勘に頼っていたかを思い知らされた。特に会話中に、他人の表情の微妙な変化に気付けるのが大きい。もしかしたら、視力が回復したことで、炎上も減るのかもしれない。

 とはいえ、つい半年前までICLを受けるつもりなどなかった。きっかけは友人が続々と手術を受けたこと。レーシックと違ってコンタクトレンズを入れる手術なので、万が一の場合はレンズを取ればいいというのも安心材料だった。

 年齢的に老眼との兼ね合いも心配だったが、老眼治療はどんどん進んでいるし、医療の未来を信頼することにした。アメリカでは、老眼の症状を改善する「Vuity」という目薬がFDAに承認されている。日本でも軽度の老眼なら目薬で治せる時代が来るのかもしれない。

 病院は迷った末、アイクリニック東京にした。決め手は執刀責任者の人柄と手術時間の短さ。周囲では山王病院で受けた人も多い。山王には個室が用意された日帰り入院コースもある。代官山アイクリニックで手術を受けた友人は、レイバンの保護メガネがもらえたと喜んでいた。

 手術は片目数分で、合わせて10分もかからなかったはず。術前に点眼麻酔を差してもらうので痛みはないが、意識はある。よくいえば現代アートのインスタレーションのようだった。まぶしい光の中で、何か不可解なことが起こっている。眼球を押されるような感覚、目が染みるような感覚が入り交じる。決して気持ちいいものではないし、毎日経験したいわけではないが、一生に一度ならいい。

 手術当日は数十分の休憩後、自力で帰宅できる。翌朝にはもう視力が回復していた。そして快適な日々が始まったのだが、万人に勧められるわけではない。

 50代以上は白内障手術を待った方がいい例がある。ほぼ全員が成功するが、術後に合併症を起こす人はゼロではない。そもそも鮮明な世界が最高かは人次第である。他人のシミやシワ、肌質までよく見える。それを伝えると大抵は嫌がられる。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年1月26日号掲載

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