ニュートラルな仕組みでインフラを維持管理する――加藤 崇(フラクタ会長)【佐藤優の頂上対決】

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ロールモデルとなって

佐藤 加藤さんは早稲田大学の理工学部出身で、初めは銀行に就職されました。どうして銀行だったのですか。

加藤 僕は応用物理を学んでいましたが、その分野は学部を出ただけでは評価されないんですよ。やっぱりPh.D.(博士号)くらい取っていないと、道が開けない。お金がなかったのでマスターコース(修士課程)は断念し、「文系就職」でもするかと思っていたら、母が病気になってしまったんです。それで9カ月ほど介護をしているうちに、エントリーシート提出の締め切り日を過ぎてしまった。

佐藤 それは大変でしたね。

加藤 そんな時に、銀行に就職した、まったく知らない先輩から連絡があったんです。早稲田の理工学部にはリクルーター制度で人がついていて、僕を見つけてくれた。その人を通じて面接を受けることになり、その後はとんとん拍子に進み入行しました。

佐藤 銀行では債権回収をされていたそうですね。

加藤 とても大変でした。回収すればするほど、その人とその家庭が崩壊していく。これが仕事なのか、とかなり悩みましたね。銀行で債権回収をやっていた人は退職率が高い、という統計があるらしいです。

佐藤 中小企業だと、融資を受けるには経営者が個人で連帯保証しなければなりません。ですから、行き詰まると家庭ごと崩壊します。

加藤 そこまでいかない場合でも、経営状態が悪くなると、貸付期限がまだ残っているにもかかわらず、金利の引き上げをお願いすることもありました。こんな不正義はないと思った。

佐藤 それで企業再生の会社に転職され、その後、いくつかの再生した企業で役員を引き受けることで、経営者の腕を磨いていったのですね。

加藤 どんな会社に飛び込んでいっても、その病巣、病理をすぐに把握し、ヒト、モノ、カネを適切に動かすことができる。そんな力を身に付けたかった。それが「経営力」なんですね。後に逮捕されましたが、カルロス・ゴーンさんは「日産リバイバル・プラン」を出し、一人の経営者の力で企業の命を救いましたよね。銀行のシステマティックなやり方ではなく、こうしたスーパーパワーによる個別具体的な問題解決の方が、自分も周りも幸せにできると考えたのです。

佐藤 それは起業にも役立ったでしょうね。

加藤 2011年に個人事務所を開設しますが、すぐにヒト型ロボットを研究していたシャフトのメンバーと出会い、そちらに夢中になりました。ヒト型ロボットは目立ちますし、わかりやすい。その上、アメリカのDARPA(国防高等研究計画局)のロボティクス・チャレンジでは、MIT(マサチューセッツ工科大)やカーネギーメロン大、NASA(米航空宇宙局)などを寄せつけず、ぶっちぎりで優勝した。技術力は圧倒的でした。

佐藤 そしてGoogleに会社ごと売却し、加藤さんは日本で「起業」のロールモデルを作った。大学の同級生で起業された方は他にもいるのですか。

加藤 早稲田の応用物理には99人の同級生がいましたが、あの頃起業を考えていた人は、一人もいなかったと思います。最近でこそ、東大や早稲田の工学部系では、将来の希望として、「起業したい人」が一番多いとされていますが、まだ僕たちは組織に属するのが正しいと教えられた世代でした。

佐藤 日本で東大発のベンチャーでもなかなかうまくいかないのは、教える方が大学以外の世界を知らないということがあると思うんですね。アメリカでもロシアでも、アカデミーの中に起業という選択肢がありますし、ロールモデルになる人もいます。

加藤 僕の場合、Googleに日本人で初めて会社を売ったとか、それで大きなキャピタル・ゲインを得たことで注目されましたが、生活はほとんど変わっていません。今日もボロボロの靴を履いて、時計もFitbitで、お金を使う生活をしていない。これがアメリカ人だと、大きな家、高い車を買いますけども。

佐藤 アメリカではお金があるだけで、その人を尊敬しますからね。

加藤 法律というレギュレーション(規則)を守っている限り、金を稼げば尊敬される文化がある。一方、日本人にはその他のことを考えすぎるきらいがある。それは道徳的に正しいのですが、ビジネス的に正しいこととぶつかれば、負けちゃいますよね。

佐藤 まあ、中長期的に考えると、そうでもないことも多いですが。

加藤 結局のところ僕が関心があるのは、ある問題を定義して、それをどう物理的に解くか、なんです。もともと物理学者になりたかったこともあり、「世界中の誰も解いたことのない問題を解きたい」という思いが強い。だからいつも最も難しい「入口」にばかり集中して、成果を広めていくところが疎かになります。フラクタの技術は世界一ですが、アメリカだとロビー活動をしたり、もっと情報を広めていく方策まで考えないと、たくさんは売れないんです。

佐藤 でも、各地で採用されていますよね。

加藤 アメリカでも広まりつつはありますが、スピードは遅いです。それに比べ、日本は圧倒的に速い。自治体の人たちがどんどん広めてくれますし、ダンピングなど、価格の下落圧力も低い。

佐藤 日本にはロビイストという職業もありませんしね。

加藤 僕は起業家として、入口には強いけれども、その後に広げるという点ではそうでもない。だから「起業家として素晴らしいですね」と言われると、いや、そうでもないんだよな、といつも思います。

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