500年続く会社「虎屋」はやっぱり「働き方」もすごい プレミアムフライデーで注目

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 昨今、働き方改革が進んでいる。百貨店業界の改革を紹介しよう。

「元旦休み」のトップを切った三越伊勢丹は、首都圏9店舗で1月1日と2日を休業にし、3日に初売りを行った。他の百貨店も、普段の営業時間を短縮する傾向となっている。東急、小田急、松屋……など、多くの都内百貨店が年始の休業日を設けはじめた。いったい誰が言い始めたのか。

 実は、デパ地下に店を出す有志の企業が「これではいけない」と、正月返上の年中無休や長時間勤務をあらためることを、百貨店に働きかけてきた成果なのだ。ご存じだったろうか。

 百貨店の地下の食品売り場を思い出してほしい。そもそもあまり知られていないのだが、各店舗で売り場に立つ販売員の大半は、百貨店の社員ではない。商品を供給、販売する取引先の店舗のいわば「派遣社員」なのだ。

 つまり、営業時間が延びれば、人件費を手当するのは百貨店ではなく、取引先ということだ。閉店が夜9時だとして、事務処理や掃除を終えて帰路につくのは何時になるのだろう。そもそも9時以降になると3交代制にせざるをえず、人件費はかさむ。長い販売時間で得られる利益よりもコストが上回るそうだ。同時に、年中無休で定休日がなくなると、売り場の衛生管理や安全の保守管理日がきちんととれなくなる可能性も、一方にある。

 とはいっても、場を借りて販売をする立場からすると時短を言い出すのは簡単ではないだろう。

 が、それを言い出した人たちがいる。

 2011年に発足し、今に至るまで活動を続ける「食品会共生連絡会(以下、共生連絡会)」の面々だ。顔ぶれは、「榮太樓總本鋪」「ユーハイム」「味の浜藤」「山本山」「ヨックモック」「花園万頭」「福砂屋」「人形町今半」「赤坂柿山」「虎屋」のトップたちだ。何度もお世話になっている、食の銘品をつくる名前ばかりだ。

 この顔ぶれに加えて、最終的に37社が参加し、「定休日の設定と、営業時間の短縮」を改善目標として、問題提起書を2011年に日本百貨店協会に提出したそうだ。

 それにさっそく反応したのが「三越伊勢丹」だった。

 もともと課題として取り組んでいたこともあり、同年8月には本店から順次、休業日の設置と営業時間の短縮を進めていったというから動きは早い。1日の営業時間を9時間以内にすると、早番と遅番に分けなくても、開店から閉店まで同じ販売員たちが接客できるという。客側からしても、同じ「あの店員さん」と対することができ、買い物が楽しいものになる。

 さて、この「共生連絡会」の発起人、最初に声をあげたのはだれなのかといえば、創業約500年の和菓子の老舗、「虎屋」十七代取締役社長の黒川光博さんだ。名実ともに菓子業界を率いる存在の「虎屋」がこの組織を束ねる意義は大きかっただろう。

 聞けば、黒川さんは「営業時間が長くなると、流通業に人が集まらなくなってしまいます。そうなると質の良い接客をできなくなってしまうことになりかねない」と危惧する。

 となると、実際に、休業日が増え、営業時間が短くなった店舗の従業員はどんな反応なのだろう?

「百貨店全体がお休みで自分が休むのと、営業中に自分だけが休むのでは解放感がまったく違うそうです。きちんと心身ともに休むことができ、メリハリができる、と喜ぶ社員が多かった」というのが、黒川さんが社員から聞いた感想だ。

 エルメスのフランス本社前副社長の齋藤峰明さんとの共著『老舗の流儀~虎屋とエルメス』には、こんな対話がある。

齋藤 黒川さんは、いつもおっしゃっていますよね。会社で働く大きな目的は、あくまで人を幸せにすること。つまり、お客さんが喜んでくださって、従業員がそれを受け止めて喜ぶ。そうやって、笑顔の輪が広がっていくことが、会社が掲げている目標であると。一人一人の社員が、社会と接点を持って働く喜びを実感すれば、自然とその会社は良くなっていくと思うのです。 

黒川 会社が良くなるということは、規模が大きくなったり、利益が増えることと捉えられている風潮があります。もちろん、経済活動を営んでいる限り、利益を上げることは大切ですが、それがすべてではないはずです。おっしゃるように、自分のやっていることが人の役に立っていることを実感できるか。そして、社会とのつながりを感じていられるかどうか、これは忘れてはならないことです。

 プレミアムフライデーが話題だが、そもそも従業員の働き方をはき違えない会社こそ、500年続いていくのだ。その虎屋だが、2018年竣工予定の赤坂店についても新しい価値観のもと準備を進めている(以下、同書より抜粋)。

黒川 弊社は今、50年ぶりに、赤坂店の建て替えを行っています。耐震構造の問題もあって、一度壊してゼロから作る計画を、10年近く前から進めてきました。それで、全体の事業計画から見て、これまでと同じ10階建てくらいの規模にして、上の階はよその会社に借りていただいてという構想で進め、取り壊しを始めました。

 ところがある日、息子を中心としたプロジェクトチームが、「そこまで大きな規模のビルを建てる必要があるかどうか、再検討してみてはどうだろう」と言ってきたのです。

 経済最優先で考えれば、銀行からお金を借りて、立派なビルを建てて、賃貸によって採算を成立させた方がいい。でも本当にそうしなければならない必然性がどれだけあるのか。旧本社ビルは、ちょうど東京オリンピックの年に竣工したもので、高度経済成長を遂げた日本の姿や意思を表現しようという意図も含まれていたと思うのです。

 しかし今は、その時代に比べて大きく環境が変わっている。勢いのある成長時代でもないし、経済的拡大だけが企業の目指す方向ではない。(中略)

 とは言え、またゼロから計画を練らなくてはいけないわけですから、建築会社の方、設計の方、銀行の方、皆さんに謝って歩いています(笑)。

デイリー新潮編集部

2017年3月31日掲載

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