“廃墟マニア”に大人気の「摩耶観光ホテル」で進んでいた知られざる解体・墓地造成計画、危機を救ったのは…

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 長崎県長崎市の軍艦島(端島)観光上陸が始まってから、今年で15年目を迎える。石炭採掘を終えて無人島となり、産廃処理場にする計画まであった廃墟の島は、今やすっかり人気観光地だ。廃墟マニアの間でその軍艦島が「キング」と呼ばれているのに対し、「クイーン」と呼ばれているのが兵庫県神戸市の「マヤカン」こと摩耶観光ホテル。2021年には登録有形文化財に指定された。そのマヤカン、文化財指定の7年前に、取り壊して墓地にする計画が進んでいたという。解体を取りやめたのは、産業遺産の廃墟を愛する一人の男と、心優しい社長の出会いがきっかけだった。マヤカンに迫っていた知られざる解体の危機について、2人の当事者に聞いた。【華川富士也/ライター】

不法侵入者が相次いだマニア垂涎の「美しい廃墟」

 マヤカンは1930(昭和5)年、当時欧米で流行っていたアールデコ調デザインを取り入れて造られた。当初は企業の福利厚生施設、その後ホテル、1970年代からは学生向け合宿施設となる。1993年に役目を終えると、放置され、山の中腹で人知れず朽ちていった。

 時が経ち、平成の半ば辺りから廃墟マニアの間で噂が立ち始める。「神戸の山中に物憂げで美しい廃墟がある」と。

 以前ならマニアの間だけで共有されていたこの情報は、普及し出したSNSによって広く知れ渡り、ネットに上げられた写真を見た人を魅了していった。打ち捨てられたマヤカンが、ネット上で知名度と人気を上げていく。このことが招かれざる客を呼び込むことになった。マヤカンへの不法侵入者が増えたのだ。所有者はそのことに頭を悩ませていた。

 マヤカンを所有するエリモグループ代表・三宮正裕氏が当時を振り返って語る。

「警察署や消防署から“また不法侵入者がいた。入れないように対応しなさい”と、しょっちゅう呼び出されて注意されていました。警察や消防はSNSをチェックし、マヤカンに侵入して撮影された写真を見つけると、その度にこちらに対策を求めてきたんです」

 現在でこそ防犯カメラが設置されているが、当時は人の出入りを警戒、記録する設備はなかった。マヤカン周辺には消火に使える水がなく、また周囲には道路もない。放火されるようなことがあれば消火は困難を極め、被害が大きくなるのは明らかだった。それが警察署、消防署が神経を尖らせていた理由だ。

「会社としてマヤカンを解体すると決めました」

 再三に渡る呼び出しを受け、三宮氏の腹は固まっていった。マヤカンを解体する、と。相次ぐ不法侵入によって、マヤカンは会社に損害を与えかねない厄介な存在になっていたのだ。

「本当に何度も呼び出されて、毎回その対応をするのも嫌でした。そこで、社内で“どうすべきか”と議論したんです。その結果は、“潰すしかない”。会社として解体することを決めました」

 三宮氏は実際にその方向で動いていた。

「解体業者さんと一緒にマヤカンまで行き、見積もりを出してもらいました。壊すのに2億円かかると。金額を聞いて、正直、勝手に潰れてくれ!と思いました(苦笑)」

 2億円もの資金――。会社経営者として、ただ壊すだけに使うわけにはいかない。三宮氏は解体費用を回収するために、跡地をどう活用するかも考えていた。

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