「言うだけ番長はやめろ」と尹錫悦を叱った米国 広島サミットに招待しても食い逃げされる理由

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専門家は嘘をつく

――日本ですね。

鈴置:その通りです。2022年5月に尹錫悦政権が誕生した時は「日米の側に戻る政権だ。日本も韓国に譲歩して盛りたてよう」「韓国のQuad入りに反対すると米国に怒られる」といった言説がネットや紙媒体に噴出しました。外務省OB、学者、記者らが中心ですが、ほぼ韓国の専門家でした。

――専門家が間違えたのですか?

鈴置:専門家だからこそ、いい加減なことを言うのです。専門家とは利害関係人の別称です。政権交代期には、韓国にいい顔をして新政権に接近しようとする専門家が出てくるものです。彼らにとって事実関係は――韓国が本気で西側に戻るかは、どうでもいいのです。

 最近も「危ないニュース」が報じられました。読売新聞の独自ダネの「広島サミットへ韓国大統領の招待を検討…『元徴用工』で出方見極め最終判断」(1月7日)です。

 韓国政府が自称・徴用工問題で打ち出す姿勢次第で、日本政府は広島市で5月19~21日に開く先進7カ国首脳会議(G7サミット)に韓国の尹錫悦大統領を招待するかどうかを決める、との内容です。

「オーストラリアやインドの首脳の招待も有力視されている」、「『自由で開かれたインド太平洋』(FOIP)の実現に向け、G7と価値観を共有する同志国との結束を打ち出す」ともこの記事は報じました。

 尹錫悦政権が自称・徴用工問題で妥協案を示す見通しとなったので、それで禊(みそぎ)は済んだことにして、韓国をQuadメンバーに準ずる扱いにしてやる、ということでしょう。

 ただ、そんなことぐらいで韓国が中国包囲網に加わりはしない。むしろ、口先で「自由と民主主義」を語っていれば米国は許してくれると勘違いし、中国包囲網に加わらなくなる可能性の方が大きいのです。

韓国の偽「FOIP」

――韓国もインド太平洋戦略を発表しました。こちら側に戻る証拠では?

鈴置:2022年12月28日、尹錫悦政権は「自由、平和、繁栄のインド太平洋戦略」を発表しました。韓国メディアが言う、いわゆる「韓国版インド太平洋戦略」です。

 これは日本の「インド太平洋戦略」に似せた偽物です。日本は「自由で開かれた」という形容詞をつけています。だから英文略称が「FOIP」(Free and Open Indo-Pacific)なのです。

 南シナ海を囲い込む中国に対抗し、繁栄のもとである海洋の自由を保障しよう、中国の囲い込みは許さないぞ、と世界に訴えたのです。

 これに対し韓国版の形容詞は「自由で平和な」です。「海洋の自由」は訴えても中国の囲い込みに立ち向かう決意はない。だから「開かれた」の代わりに「平和」が入っているのです。

 韓国版の形容詞に「繁栄」が入っているのは「中国との共同利益を追求する」ためです。聯合ニュースの「尹政権発足2年目 韓米蜜月へ=韓日関係は本格的な正常化目指す」(2022年12月29日、日本語版)は以下のように解説しています。

・米国の要求通り、中国を供給網から完全に排除することは現実的に不可能だ。韓国政府が今月[2022年12月]28日に発表した「自由・平和・繁栄のインド太平洋戦略」でも「主要協力国である中国とは国際規範と規則に立脚し相互尊重と互恵を基盤に共同利益を追求しながらより健全で成熟した関係を実現していく」との内容が盛り込まれた。大統領室高官は「隣国である中国との協力を拒否するというのは現実と相当かけ離れている」と述べた。

 尹錫悦大統領をG7サミットに招待しても、韓国の奇妙な自画像を追認してやるだけ。このエサで韓国を引き寄せようとしても、食い逃げされるのが落ちなのです。

「韓米蜜月時代」と信じる韓国人

――ところで今、引用した聯合ニュースの見出し「韓米蜜月へ」もすごいですね。

鈴置:これが韓国人なのです。米国から「言うだけ番長」と睨まれながらも、当人は「米国側に戻ったのだから、我が国は信頼を取り戻し、関係も一気に改善する」と信じている。うらやましいほどの前向き思考です。

 ちなみに、米国は韓国のQuad入りを拒否した際、日本政府に対し「韓国を引き込もうとするなよ」とクギを刺しています(『韓国民主政治の自壊』第3章第1節「猿芝居外交のあげく四面楚歌」参照)。

「尹錫悦をG7サミットに招待しないと、米国に怒られる」と言い出す人が出そうなので、予め注意喚起する次第です。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『韓国民主政治の自壊』『米韓同盟消滅』(ともに新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

デイリー新潮編集部

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