小椋佳が最愛の妻と別居し“週末婚”を選んだ理由 タバコは1日2箱、毎日コーラを飲む「不健康人生観」

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「残された短い時間を…」

 ただ、20年続けてきた“週末婚”も、ちょうど今月、終わりを迎えました。ある朝、起きたら机の上に便箋がそっと一枚置いてあったのです。近くに住み、鍵を共有している家内からの手紙でした。

〈残された短い時間を、同じ屋根の下で一緒に過ごしましょう〉

 その手紙を読んで、20年続いた別居生活に終止符を打つことにしました。

 再び妻とともに〈残された短い時間〉を過ごすいまは、こうして生きていることが実に不思議です。毎朝、目が覚めると「まだ生きている」と思いますね。

 この前も、自宅で死にかけたんです。2階にお気に入りの椅子があって、どうしても1階で使いたくなった。まず階段の近くまで椅子を運び、1階の様子を見に行くために階段を下りていたその刹那、置き方が悪かったのか椅子が私に向かってドドドッと猛スピードで落ちてきたのです。

「ああ、俺はここで死ぬのか」

 死を覚悟したのと同時に、家内の悲鳴が響いたことが今も妙に耳に残っています。

 ところが悪運が強いのか、何とかすんでのところでかわすことができ、左足の甲に当たっただけで、階段を転げ落ちずに済みました。骨も折れていなかった。

 その時は「無事に1階に下ろせてよかった」なんてのんきなことも思いましたけど、やはり一歩間違えば確実に死んでいた。年を取ると、それぐらい死が身近に潜んでいるということでしょうか。

目下の関心事

 というわけで、私の目下の関心事は、この「心臓」です。なぜ心臓は鼓動を続けているのだろうか、コイツを動かしているのはいったい“何者”なのか。そう考え始めると止まらなくなってしまってね。

 ビリヤードでも、キューで一突きすることで、玉がぶつかりあい、あちこちに散らばっていくでしょう。人間の体も、同じように「心臓」が鼓動することで、血流が回り、臓器や筋肉などが動き始める。ただ、最初の一突きがないと動かないわけです。この一突きを加えているのはいったい何なのか。それを考え出したら、まんじりともできなくなってしまった。おかげで最近は、すっかり寝不足気味です。

 心臓がまさにそうだけれど、人間って生きようと思って生きているわけじゃない。なぜか分からないけれども生きている。何かに生かされている。

 この頃、色紙にサインを求められると、よく次のような言葉を添えています。

〈あなたを生かし、動かしている、そもそものあなた自身の存在に、あなたは気が付いていますか?〉

 78年間生きてきて、くたびれました。人生は苦しいし、しんどい。今の偽らざる心境を表現するとこうなります。

「もういいかい?」

 でも、私の体は、私の意志に逆らって、必死に生きようとしている。心臓は鼓動を続け、細胞の一つ一つが生きようともがいている。結局のところ、私の体が「もういいよ」と言ってくれるまで待つしかないのです。

 このままだと、作務衣を新調しないといけないかな。

小椋 佳(おぐらけい)
シンガーソングライター。1944年生まれ。東京大学法学部卒業後、日本勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。銀行員兼シンガーソングライターという異例の“二足のわらじ”が話題を呼ぶ。93年に同行退職。作詞・作曲した「シクラメンのかほり」が第17回日本レコード大賞を受賞。「夢芝居」「俺たちの旅」「さらば青春」「愛燦々」等、多くのヒット作品を世に送り出してきた。

週刊新潮 2022年12月29日号掲載

特別読物「ラスト・ツアー『余生、もういいかい』終幕間近 独白90分『小椋佳』が明かした『人生の終わり方』より

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