「岸田政権の危機管理能力がひどすぎる」 プロが選んだ「危機管理失敗事例」ワースト7(後編)

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 危機管理コンサルタントの田中優介氏(株式会社リスク・ヘッジ代表取締役社長)が選んだ、危機管理における「2022年のワースト7」、後編ではワースト5、6、と今年最もひどかった事例について論じてもらおう。(前後編の後編/前編を読む

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(5)香川照之氏、性的暴力問題(8月)

 俳優の香川照之氏の銀座ホステスへの性的暴力が報じられたのは8月のこと。

 これについて香川氏は記者会見を開くという選択はせず、自らの出演番組でビデオでの謝罪を行いました。

 記者やレポーターからぶしつけな質問を受けるのが嫌だというのは当然の感情でしょう。

 しかし、会見とは、「解毒」の場です。

 厳しい質問を浴びる姿を見せることで、ある種の人は溜飲を下げるでしょう。また「何だあの聞き方は」とマスコミ側に嫌悪感を抱き、香川氏に同情する人も出てくるでしょう。これらはいずれも本人の「解毒」になるのです。

 また、その謝罪の場面で「お騒がせして申し訳ない」とか「騒ぎを起こして申し訳ない」という言葉を使った点もミスです。これでは発覚したことをわびているだけで、発生させたことをわびていない印象を視聴者に与えかねません。

 これらはいずれも謝罪の際のNGワードに近い存在だと考えておいたほうがいいでしょう。

 さらに、その謝罪ビデオにおいて、番組降板を表明しなかったことも失敗だったと私は思います。問題を起こして謝罪をする際には、何らかの形で自らに処分を課すような姿勢が求められます。

「責任を取れ!」と追撃される前に、機先を制すのです。

 香川氏の場合、すぐに刑事責任を問われるような状況ではなかったわけですから、ニュースを扱う番組から身を引くことを早めに表明すれば、糾弾したい人もそれ以上責めることは難しかったはずです。マスコミも水に落ちた犬を叩くようなことはしなかった、あるいは叩き方が優しくなったと思います。

(6)川崎幼稚園バス置き去り事件(9月)

 3歳の女児が幼稚園バスに置き去りにされたことで亡くなった、痛ましい事件です。

 このような事件が起きた以上は、幼稚園側に危機予防の意識が低かったことは言うまでもありません。

 特に指摘しておきたいのは、これまでにも同様の事件は何度も起きているのに、それを疑似体験できていなかった点です。

 2021年7月、福岡の保育園でも5歳の園児が送迎バスに置き去りにされて死亡するという、痛ましい事件が発生しています。その他にも車内置き去りでの死亡事件が多発していることを考えれば、子供を預かる立場の幼稚園が対岸の火事としていいはずがありません。

 彼らはこのような事件が報じられた際に、他山の石として自分たちならどうしたら防げたかを話し合ったのでしょうか。

 また、高齢とはいえ園長が謝罪会見において原稿を棒読みしたり、子供の名前を間違えたりしたこと、笑ったように見える瞬間があったことも批判の対象となりました。

 これらは被害者や子供を通わせている親御さんからすれば許されない振る舞いです。

 また、園長(理事長)が辞任した代わりに息子が就任するという再生案も感心しません。再生のためには、保護者が体質改善につながったと感じなければなりません。少なくともこうした後継案は、きちんとした再発防止策とセットで発表すべきです。

(7)岸田内閣の一連の対応(通年)

 ここまでは発生時期の順に、危機管理でミスを犯した事例を挙げてきました。特に順位をつけるようなものではないでしょう。

 ただ、今年のワースト中のワーストといえば、岸田内閣のさまざまな対応を挙げたいと思います。ざっと振り返っても――、

 ・安倍元総理の国葬義をめぐる対応
 ・統一教会問題をめぐる対応
 ・「政治とカネ」に関する対応

 それぞれに何人もの登場人物がいます。あまりにいろいろあって、もう皆さんはお忘れの件もあるかもしれません。

 たとえば統一教会に関する議論が白熱化していた当初、福田達夫総務会長(当時)は「何が問題なのかよくわからない」と言い放ち、その感度の鈍さによって国民をあぜんとさせてしまいました。

 実兄の安倍元総理を銃撃された岸信夫元防衛大臣でさえ、その直後には旧統一教会の関連団体から選挙応援を受けたことについて「正しかったかどうかも含め、しっかり検討していかなければならない」と語っています。これは何も言っていないに等しい。

 問題を指摘された瞬間、多くの人は自己の正当性を訴えてしまいます。結果、火に油を注いでしまいます。

 それを抑制して解毒するためには「反省・後悔・懺悔(ざんげ)・贖罪(しょくざい)」のステップを踏むのが常道です。政治家であれば、そのステップを見える形で示す必要があります。

“反省”とは“自分の過去の行為について考察し、批判的な評価を加えること”ですが、福田氏も岸氏もそれができていなかったため、“後悔”の念が国民に伝わりませんでした。これでは共感は得られません。

 旧統一教会を巡っては、自民党所属議員らの「現場のうそ」を見抜けなかったのも問題です。自民党が行ったアンケート調査に対して多くの所属議員が、「聞かれなかったから回答しなかった」といった理屈から全面的な情報開示をしませんでした。それゆえ、後になって選挙支援の見返りに、政策協定書への署名をした議員がいたことも発覚し、問題視されました。

 日野自動車のデータ不正の件と同様、「現場は必ずうそを言う」を前提に調査をしないと、こういう結果を招きやすいのです。付け加えれば、うそには「積極的なうそ」と「消極的なうそ」があります。「聞かれなかったから答えなかった」は後者にあたります。

 岸田総理の判断のブレや遅さの一因は、党内の重鎮らの意見に左右されているところだという見方があります。「多方面からの助言に惑わされてはならない」というのは、拙著(『その対応では会社が傾く』)でも強調した危機管理の要諦の一つです。

 企業が不祥事を起こした時の危機管理でも、さまざまな助言を真に受けて裏目に出ることがあります。創業者や大株主からの提言、同業他社のトップからのアドバイス、メインバンクからの提案など、いずれも無視しにくいものです。しかし、危機管理の専門家ではないさまざまな人の意見に耳を傾けると、「船頭多くして船山に登る」となります。

 助言に耳を傾けるなというのではありません。危機の際にこそ助言を精査する必要が高まるのですが、往々にしてその逆の行動を取ってしまうことが多いことを忘れてはなりません。

 また、「政治とカネ」の問題は、これまで数えきれないほど自民党として経験してきたはずです。そのたびに大臣が辞めたり、国会の審議が止まったりする光景はすっかりおなじみになりました。それなりの“経験値”があってしかるべきだと思うのですが、相変わらず似たようなことが繰り返されています。

 つまり危機の予防という観点が抜けている、あるいは予防する気がないと受け止められても仕方がありません。昔なら大目に見てもらえたような金額であっても、いまは許されなくなっています。

 また、よく秘書や事務所のせいにして切り抜けようとする人がいますが、そもそも「現場は必ずうそを言う」といった厳しい目でチェックすることが望まれるのです。

 そして、問題が発覚したあとの対応も、まったく改善されていない。二転三転する説明、時間不足の会見(謝罪)、説明の場での陳腐な決まり文句の使用、機先を制して自らを罰する姿勢の欠如等々。

 このように見れば、本稿で見てきた多くの失敗事例でのミスをすべて網羅しているともいえます。

 言うまでもなく、危機管理は政治に携わる人にとっては極めて重要な仕事のはずです。

 そのトップたちを今年のワーストに選ぶのは気が引けますが、この一年を見る限り仕方がないのではないでしょうか。

【ワースト1~4の前編を読む】

デイリー新潮編集部

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