エイズと闘う42歳男性のリアル ヤバ!と思ったが時すでに遅し…忘れられない「感染の瞬間」

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女性が怖くなった事件

 その後、進学した地元の大学で、一樹は大きな転機を迎える。女性に刺されたのだ。

「大学に入って仲が良くなったゼミの女の子で、交際していたわけじゃなかった。大学から持ち始めた携帯電話を試してみたくて、毎晩、彼女と長電話していたんです。でも、実際に学校で会ったらお互いそっけないふりをして……そういう秘密の関係みたいなのあるじゃないですか。そんな関係が3カ月ほど続いていたんですが、月2~3万円の電話代がだんだん気になってきて、面倒くさくなっちゃったんですよ。彼女からの着信にも出ないようになった。それで大学1年生の夏休み明けに大学で久しぶりに会ったら、フルーツナイフでブスっと……」

 さいわい、ナイフは背負っていたデイバッグの肩ベルトに刺さり、重症には至らなかった。だが出血し、周囲は大騒ぎになる。

「ほんと、その時は何が起きたのか全然分からなくて。痛いし、救急車で病院行って、その後には警察やら何やらわらわら集まってきたことぐらいしか覚えていない。今でも鎖骨の所に傷が残っています。その後、彼女と僕の親同士が話して……たぶん示談の話をしていたんじゃないかな。いつの間にか、その女の子は学校からいなくなっちゃったんです」

 恋心を弄ばれたという気持ちだったのだろうか。彼女の動機は今もって不明だが、「これがきっかけで女性が怖くなっちゃったというのはあるかもしれない」という一樹は、これまで覗き見るだけだったネット上のゲイコミュニティに、ますますハマるようになる。

 初めて男性と関係を持ったのは、例の事件からそれほど間を置かない大学1年生の冬だった。掲示板で知り合ったオジサンと、愛好者が集まることで知られる都市部の公園で待ち合わせ、その暗がりで済ませたという。お小遣いとして2万円がもらえた。

「当時18歳、19歳の若い男の子なんかほとんどいなかったせいか、出会い系の掲示板にプロフィールをあげると、何百とアクセスがくる。それが嬉しくて。今でいうパパ活みたいなことをしてお小遣いをもらっていました。公園で待ち合わせてそこでというのもあれば、ホテルに行ったり。一人暮らしの、台所が汚いオッサンの家がいちばん“高まり”ましたけれどね(笑)。そうやっていろんな人と会っているうちに、『ガーターベルトを履いてきて』とかリクエストもらうようになって、嫌悪感と羞恥心を掻き立てられる自分に気づいた。女装に目覚めたのはこの頃ですね」

 大学を卒業してしばらくは実家暮らしで、派遣やフリーターの仕事で生活をしていた。しかし、24歳の時に派遣で働いていた会社が倒産したことを機に上京し、一人暮らしを始めた。

「特に何がやりたいというわけでもなく、東京だったら仕事はたくさんあるから、という理由でした。それに一人暮らしだから、部屋に男を引っ張り込み放題できるし(笑)。出会い系で『場所アリ』、つまり部屋がありますって書いて募集すると、手っ取り早いから人気なんです。他に車を出せる『足アリ』とかもいいですね。リピートする相手もいましたけれど、こっちが飽きてしまい、だいたい取っ替え引っ替えでした。僕が男を相手にするのは本当に快感のためだけなんです。ちなみに、一人暮らしの家でも、女装用の服はガッツリ外に干していました」

今も夢に見る「笑顔」

 東京はハッテン場が多いことが魅力的で、そちらにも足を運んで相手を探した。

 一度、屈強な外国人男性に道端でナンパされ、女装でヒールを履いていたため逃げられず、路地裏に連れ込まれたことがあった。「性暴力被害にあった女性に『抵抗しないからいけないんだ』なんて言う輩がいますが、何言ってんだと思います。圧倒的な力の差を前にしたら逆らえませんよ」と一樹は憤る。

 それ以外は順調な東京生活だった。感染する前までは――。

「あの人から感染させられたのかな、というなんとなくの心当たりがあるんです。たしか当時、隠れゲイタウンとして栄えていた池袋か新宿のハッテン場だったと思います。ハッテン場っていうのは、薄暗い部屋に男たちが集まって、好みのタイプを見つけたら手をちょんと突くんです。で、OKだったら握り返す。それでちょっとイチャイチャしてから行為に入るんですが、その人は僕がOKしたらいきなり挿入してきた。コンドームを着けているか確認させてもらえるヒマもなかった。で、いきなり果てたんです」

 エイズならずとも、避妊具無しの性行為にさまざまなリスクがあることは言うまでもない。これまでの遊びの中でもハメを外しすぎて装着してもらうのを忘れたことはあったが、極力、一樹は気をつけてきたほうだった。しかしこの時は、勢いでやられてしまったようだ。

「『ヤバ! 出された!』って思いながら肩で息をしている僕の顔を、その相手は真顔でしばらく覗き込んでいました。歳は30代くらいだったでしょうか。そして次の瞬間、ニヤリと笑ったんです。暗闇に浮かぶ白い歯を鮮明に覚えています。10年経った今でも、ときどき夢に出てきます。目が覚めると嫌な汗かいていて……」

 一樹は、この男性がわざとHIVウイルスをばら撒いているのだと確信している。彼によると、その筋の掲示板では「オレのポジ種(ポジティブ=陽性)で孕みたい奴いる?」という嘘か誠かわからない投稿があるそうだ。

 女性が被害にあった例では同様のケースもある。2012年には自身がHIV感染者であると知りながら5人を襲った男が逮捕された事件があったし、今年になっても池袋の風俗店の女性たちが中国人客によって次々とHIVに感染させられているというレポートが「週刊現代」に掲載された。

みだらな性生活をおくった自己責任だという意見もあるかもしれないが、一樹がこうした明確な悪意のターゲットになった可能性も十分あるのだ。

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