エイズと闘う42歳男性のリアル ヤバ!と思ったが時すでに遅し…忘れられない「感染の瞬間」

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告知を受けて「終わった…」

 恐ろしいのは、潜伏期間の存在である。一樹がウイルスに感染したと知るのは、その数年後のことだった。

「今度から気をつけないと、くらいの感覚でその時は終わった。でも、それから2、3年経ったある日、脇腹に激痛が出始めた。ボコボコと水ぶくれみたいなのができてきて、街の医者に行ったら『帯状疱疹』だと。でも、薬を飲んでも痛みが全然消えない。ブロック注射してやっと寝れるようになったけれど、横になると痛むからあぐらをかいて寝ました。とにかく辛くて。この話を女装仲間にしたら、『ちゃんとHIVの検査をしたほうがいい』と言われて、東京都の無料検査を受けました。まさか自分が感染しているわけない、という気持ちがあって、『早く帰って昨日の残りのカレー食べよう』なんてことを考えながら、結果が出るのを待っていたのを覚えています」

 この検査は陰性か否かがその場で判明するものだった。一樹に出たのは陽性反応。だが、偽陽性の可能性もある。それを祈りながら詳しい検査を受けることになったが、こちらの結果が出るまでには2週間を要した。「生きた心地がしなかった」と一樹は振り返る。

「結果が出る前日は全然眠れなくて。都心から離れた検査所に13時に行くことになっていたのですが、ついつい居眠りしちゃったんです。起きたら18時だった。『すみません、行けなかったのですが』と電話したら、『何時になっても構いません。待ってますからとにかく来て』と言われて。これはただ事じゃないなと」

 検査所で待っていたのは、「あきらかに専門医」のおじいさんと、その両サイドに並ぶ看護士だった。物々しい雰囲気だったという。

「その場で『HIVのII型で間違いないですね』って言われて。『人生終わった……』って固まっていたら、そばにいた看護師が『良かったね。早く見つけてもらって』と言う。『全然良くねーよ!! うるせえ!!』と内心思いましたが、今思えば、薬を服用すれば済む段階で、早めに見つかってよかったと感じます」

諦めた結婚

 感染が分かった当初は、ただただ絶望するだけで、部屋に引きこもることしかできなかった。

「どうしても『死』というのが目の前にちらつく病気ですからね。少し心が軽くなったのは、NPOが開催しているHIVの告知を受けた人向けのワークショップでした。いくつかあるみたいですが、僕が参加したのはスタッフも陽性者で、全員が男性の集まりでした。レンタルルームの一室にみんなで車座になって体験談を話すんです。それで『ああ、一人じゃないんだ』って凄く安心して。その後、勉強会にも行って、とにかく知識を得て自分を安心させようとしましたね。きちんと薬さえ飲んでいれば、性行為をしてもまず相手を感染させないことも分かりました。ただ、さすがに“夜の活動”は1年は休んだ。今も無理やりにやってこようとする奴には、『言っておくと、僕、キャリア(感染者)だから』って脅します(笑)」

 一樹が本当につらかったのは、結婚を考えていた相手とのことだったという。数年間、半同棲をしていた女性だ。病気の告知を受ける直前に破局したものの、一樹はヨリを戻したいとずっと考えていた。快楽のためだけではない、心も満たしてくれる行為を教えてくれた相手だったと一樹は言う。

 自分が感染者だと分かった以上、彼女にもウイルスをうつしてしまっているかもしれない。彼女の元を訪れ、自分の病気のことを話し、検査に行ってもらえるように話した。後日、うつしてはいないことを知って、一樹は本当に安堵したという。

「後で彼女と話した時、『あなたがあまりに真剣な顔で家に来たから、プロポーズしに来てくれたと思ってたんだ。指輪を渡されるかと』と言っていました」

 当時のことを語ると、一樹の目はうるむ。HIVに感染したりエイズになっても、恋人を持ち、家庭を築くことはもちろんできる。だが彼は「もう人を自分の人生に巻き込むのは嫌だ」という思いを強く持っている。

「身体に気を遣うようになったので、以前より健康になりました。『死にたい』と思う気もちも薄くなりました。逆説的かもしれないけれど、薬を飲むのをやめればいつでも死んじゃうから、それが安心感につながるといいますか……」

 今年流行が取り沙汰された「サル痘」について、11月29日、世界保健機関(WHO)は「M痘」の名称を推奨すると発表した。特定の動物への誤解を招きかねないというのがその理由だが、この病の感染拡大の背景には男性同性愛者の存在があるとされる。「ゲイの病気」という偏見がはびこる、かつてのエイズと似たような状況だが、一樹は当事者としてどう思うのか。

「“こっち側”の人間としてまず言わせてもらうと、僕のような遊び方をしていればサル痘だろうがエイズだろうがリスクはあるわけで、それは否定できません。怖いのは『ゲイの病気』という認識で、普通の人たちが他人事だと思ってしまうこと。ハッテン場って、実は既婚者もいる。バイセクシャルも少なくないんです。年配の男色家には『女房と子供を養ってナンボ。立派に“男”としての務めを果たすから楽しめるんだ』なんて言う人もいるくらいですから。だから、既婚者が知らず知らずのうちに媒介して、家族にウイルスをうつしてしまうことだってある。あなたの旦那さんやお父さんがハッテン場に通っているかもしれないわけです。だから他人事ではありません」

 一樹は今、これまで以上に女装に精を出している。私も、使わなくなった化粧品や着なくなったドレスなどをときどき提供している。

「やっぱりね、アングラな世界に身を置くことと変身願望、チヤホヤされる快感が忘れられないの。化粧してカツラ被って歩くと、オッサンが声をかけてくるんですもん。それで最近、気づいたんだけど、化粧した顔が自分の母親にそっくりなのね。これは年取ってきた女装子あるあるなんです」

酒井あゆみ(さかい・あゆみ)
福島県生まれ。上京後、18歳で夜の世界に入り、様々な業種を経験。23歳で引退し、作家に。近著に『東京女子サバイバル・ライフ 大不況を生き延びる女たち』(コスミック出版)。主な著作に『売る男、買う女』(新潮社)、『東電OL禁断の25時』(ザマサダ)など。Twitter:@muchiuna

デイリー新潮編集部

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