エイズと闘う42歳男性のリアル ヤバ!と思ったが時すでに遅し…忘れられない「感染の瞬間」

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 厚生労働省エイズ動向委員会の年報によると、日本国内のエイズ(後天性免疫不全症候群=AIDS)患者数は、男性が9421人、女性が885人(2021年末時点)。その名は広く知られ、1万人以上の患者がいる病であるものの、「エイズ」を身近に感じることはあまりないのではないだろうか。12月1日は世界エイズデー。『売る男、買う女』(新潮社)などの著書があるノンフィクション作家の酒井あゆみ氏が、エイズと闘う男性を取材した。

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「HIVウイルス(ヒト免疫不全ウイルス)って凄いスピードで進化して、特性がすぐ変わるんです。簡単に言うと、感染者が2人いたとして、その2人の中のウイルスって全然違う。だから色んな種類の薬がブレンドされた錠剤を飲んで症状を抑える『カクテル療法』というのを続けています。1日2回の薬さえ飲んでいれば数カ月に一度の通院だけで、あとは普通に日常生活を送れるんです」

 一樹(仮名)は家電メーカーの会社員で、42歳。HIVウイルスII型に感染したと診断されて10年になる。私が彼と知り合ったのはちょうどその頃で、たまたま居酒屋で意気投合した。そしてほどなく、

「実は私も姐さんと同じ障がい者なんだよね。HIVなんだよ」

 と告げられた。

「同じ障がい者」というのは、私が全身性エリテマトーデス(SLE)患者であることを指す。きっと難病という点に親近感を覚えてあえて「障がい」という言葉を使って打ち明けてくれたのだと思う。私以外にエイズであることを明かしているのは、雇用の関係で伝えなければいけなかった会社の上司だけ。あとは親にも言っていないそうだ。

「身体障がい者の判定を受けているから(障がい者)手帳を持っています。都営地下鉄も乗り放題(笑)」

 博識でユーモラスな一樹といると笑いが絶えない。だから気分が落ち込むと、つい彼に連絡してしまう。とはいえ、彼がここまで明るい自分を取り戻すまでには時間が必要だったはずだ。これまで深くは尋ねてこなかった病気について、今回、改めて話を聞いた。

自覚がなかった中高時代、女子と交際したものの…

 一樹は女装をして男性に抱かれる嗜好の持ち主で、男性同士の交流の場所である、いわゆる「ハッテン場」にも通う。後述するが、ハッテン場での性行為がきっかけでHIVウイルスに感染した可能性が高い。だが、「多くの人がイメージするような同性愛者ではない」と本人は言う。

「見るのもゲイビデオではなく、いわゆる男性向けの一般作品ですからね。おそらく僕はゲイフォビア(同性愛嫌悪)で、自分が嫌っているゲイの男と関係を持っている、その背徳感を楽しんでいるんだと思う。好きな女性のタイプは、川村ゆきえ、ゆりやんレトリィバァです」

 人の嗜好(指向)は一筋縄ではいかないから、深く理解するのは難しい。もっとも、幼い頃から“人とは違う”子供だったことは確かなようだ。

 中部地方出身の一樹は「父親が会社員で母親はときどきパートに出る主婦。マイホームに家族が住んで、という本当にフツーの一般家庭」の長男として生まれ育った。小さい頃から2歳下の妹の洋服やおもちゃなどに興味を示したと振り返るが、母からは「女の子のものでしょ」とたしなめられ、「そうなのか」と納得していた。

 しかし、大きくなるにつれて、同性といるのが楽しくなっていった。高校時代には周囲に合わせて女子と付き合ったりもしたものの、一緒に帰ったり手を繋ぐなどはしなかった。交際は「ポーズ」でしかなかったのだ。

「高校時代はラグビー部に入っていました。競技としては興味はなかったのですが、ごつい男たちがスクラムを組んで『オー』と言っているのを見て、この輪に入りたいと。そんな不純な動機だから、練習は好きだけれど試合には別に出たくないという、変な部員でしたね」

 もっとも、自分の興味が女性にない、という点を深く自覚はしていなかった。高校3年生の時に年上の女性と初体験を済ませたが、それも周りが経験していたから。女性の体そのものに興奮は覚えなかった。

 当時の原体験をあえて挙げるなら、テレビがあったという。

「中高生の頃に、とんねるずの(石橋)貴明が扮する『保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)』っていうのが流行っていました。『お前、ホモなんじゃないの?』みたいなおふざけを友達としたりして。僕は『ホモって何?』っていうアングラ的な興味を抱いて、調べていったんです」

 インターネットが普及し始めた頃で、同性愛者向けのアダルトサイト、出会い系の掲示板がすでに存在していた。ネットを通じ、一樹は本当の自分を“学んで”いった。

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