どうなるリニア問題 再び泥沼化しそうなJR東海vs静岡県の20年戦争

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「リニアに反対はするが、川勝知事を支持しない」静岡市民

 難波氏は川勝知事の下で副知事を務めた経験がある。いわば、川勝知事の懐刀ともいえる存在なので、難波市長が誕生すればさらにリニアは危機的な状況に置かれるだろう。

 実のところ、難波氏は前回2019年の静岡市長選にも出馬を検討していた。しかし、難波氏は静岡政界の支持を固められずに出馬を断念。来春の市長選は、リベンジマッチということになる。

 11月11日に開かれた難波氏の出馬表明会見では、静岡鉄道や鈴与といった静岡財界の重鎮たちが同席した。前回とは異なり、今回は静岡財界のバックアップを取り付けていることを暗に示していた。

 静岡財界関係者の多くは、これまで田辺市長を支持してきた。それにも関わらず、なぜ静岡市の財界人たちがこぞって難波氏の支援を明確にしたのか? 静岡財界にとって、リニア反対という思いで一致している部分はある。それ以上に、難波氏への支援を決定づけたのは、今年9月に静岡市清水区で起こった豪雨災害の対応だった。

 田辺市長は豪雨災害で初動対応をミスった。これが市民の不満を爆発させた。不満を察知した静岡財界が田辺市長から離れていった。

 川勝知事との比較で、田辺市長はリニア推進派と目されてきた。田辺市長がリニア推進派とされる根拠は、先にも触れた工事を認可したことでJR東海に協力しているように映るからだが、他方で静岡市民は「どちらかと言えば反対」という感じで、リニアに対しての関心は高くない。強硬に反対しているとまでは言い難い。

 消極的ながら反対が多数の静岡市なのに、推進派のように見える田辺市長が支持されているのはなぜなのか? それは川勝知事の静岡市を軽視しているかのようなふるまい、それを敏感に嗅ぎ取っていることが一因だろう。

 静岡県には、静岡市と浜松市という2つの政令指定都市がある。政令指定都市は県と同等の権限を持つ。ゆえに、知事といえども静岡市政に深く立ち入ることはできない。静岡市は静岡県の県都で、政治・経済の中心を担う。川勝知事の思うように静岡市は動かないというジレンマを抱えている。

 まさに、川勝知事にとって静岡市は目の上のたんこぶといえる存在だった。川勝知事は何としても静岡市を意のままにコントロールしたかった。そこで、川勝知事は静岡市の人口が減少していることに着目する。

 川勝知事は静岡市の人口減少が顕著であることを理由に、静岡県と静岡市を合併させる静岡県都構想を表明。川勝知事が提唱する静岡県都構想とは、大阪で2回も否決された「大阪市を廃止し特別区を設置すること」の静岡県版といえる。静岡県都構想が実現すれば、静岡市は廃止される。

 当然ながら、政令指定都市ではなくなり静岡市は権限を失う。この構想に対して、静岡市民は猛反発した。

 こうした経緯があるので、静岡市民はリニアに反対はするが、川勝知事を支持しない。川勝知事に対抗できる田辺市長を支持する――という、ねじれ現象が発生した。しかし、清水区の豪雨災害で田辺市長の支持は急落し、ねじれの解消へと向かい始める。

JR東海への不信任の歴史

 ここまでリニア問題におけるJR東海VS.静岡県、そして静岡市という対立構造を解説してきたが、先述したように、静岡県はリニア問題以前からJR東海に対して不信感を抱いてきた。その発端は、川勝知事の前任者である石川嘉延知事の頃まで遡る。

 石川知事は、1993年から2009年までの16年間、4期にわたって知事を務めた。その石川知事在任時に、静岡県とJR東海は激しく火花を散らす事件が起きている。それが、「のぞみ」通行税問題だ。

 それまで東海道新幹線には、各駅停車タイプの「こだま」と速達タイプの「ひかり」が運行されていた。しかし、開業した1964年から歳月を経るごとに「ひかり」の停車駅は増えていった。

 1976年のダイヤ改正で、一部の「ひかり」が新横浜駅と静岡駅に停車するようになり、その後も一部の「ひかり」という制約つきながら停車駅は増やされていった。

 そのため、「ひかり」の「こだま」 化が進む。口の悪い鉄道ファンの間では、各駅停車に近い「ひかり」に対して、皮肉を込めた「ひだま」というネーミングも流布した。

 東京―大阪間を短時間で結ぶという初心に立ち返った国鉄は、1992年から新たな速達タイプの新幹線「のぞみ」を登場させた。「のぞみ」は利用者、主にビジネスマンから好評を博した。

 JR東海は2002年に「のぞみ」の運行本数を増やすダイヤ改正を発表。「のぞみ」が増えれば、それに反して「ひかり」と「こだま」の運転本数は削減される。

 JR東海は、収入の9割近くを東海道新幹線で稼ぎ出している。つまり、JR東海にとって東海道新幹線は生命線でもある。JR東海は民間企業だから、稼げる「のぞみ」を増やするのは当然のことだろう。

 JR東海の「のぞみ」を重視する姿勢は、静岡県を軽視しているのに等しい。ダイヤ改正の発表を受け、石川知事は「静岡県に停車しない新幹線には通行税を課税する」と記者会見で語った。同発言は、明らかにJR東海の「のぞみ」増発を牽制する意図が込められていた。

 石川知事の発言に対して、JR東海の対応は冷ややかだった。なぜなら、通行税を課されたとしても運賃などに転嫁できるからだ。むしろ通行税を取るなら、静岡県に新幹線を停めないことを仄めかすという反撃にも出た。

 JR東海の反撃に、石川知事が矛を収めるしかなく事態は終息。結果的に、両者の争いはJR東海の勝利となり、JR東海は予定通りに、「のぞみ」を増発させている。こうして静岡県に停車しない新幹線が増えていった。

 JR東海と静岡県の対立は、リニア問題でいきなり表面化したわけではない。東海道新幹線の「のぞみ」運行時にまで、その起源を遡ることができる。

 20年という長い歳月で積み重ねられた両者のハレーションは、簡単に解消できないだろう。静岡市長選の成り行き次第では、リニアはさらなる変更を迫られるかもしれない。

小川裕夫/フリーランスライター

デイリー新潮編集部

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