カネなし、コネなし、妥協なし――老舗名門企業を動かした若者たちの作戦とは?

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大注目のスタートアップ「ヘラルボニー」知られざる創業前夜

 岩手県花巻市にある命のミュージアム「るんびにい美術館」。知的障害のある人たちがつくりだす誰も見たことのないアート作品を目にした若者は、作品そのものが持つ威力に打ちのめされた。このすばらしい作品たちを、もっと多くの人に届けたい、知ってもらいたい。この作品のすばらしさに見合う報酬が得られるような仕組みを、生み出すことができたら――。

 先立つものは何もない。熱い思いだけで走り出した「ヘラルボニー」の知られざる離陸地点。それは老舗ブランド店を裏口から口説くことから始まった。創業秘話を『異彩を、放て。―「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える―』から紹介する。

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老舗ブランド店を裏口から口説く

 文登は引き続きネクタイをつくってくれる企業を探していた。

 当然、僕らのチームにはアパレル業界に詳しい人は誰もおらず、これといったコネもない。「OEM(Original Equipment Manufacturing=他社ブランド製品の受託製造) ネクタイ」で検索をかけたり、アパレル企業に勤める友人に尋ねたりしてリストアップした企業に電話やメールしたが、僕らがただの素人の集まりで法人ですらないせいなのか、門前払いされるばかりだった。

 やっとのことで話を聞いてくれる企業を見つけても、「これだけの色数を織地にして、シルクネクタイをつくるのは無理」「デザインを再現するのが難しい」と、技術的な面で断られまくった。

 そうやって一つ、また一つとリストの企業が消えていく中、とある企業が「うちじゃ無理だけど、『銀座田屋』というメーカーは“世界一”のクオリティだから、できると思うよ」とアドバイスをくれた。

「銀座田屋」は創業1905年の老舗紳士洋品ブランドで、要人や著名人などにも支持されているのだという。そんな企業が、僕らの話をまともに聞いてくれるだろうか……。

 調べてみると、唯一の自社工房が、山形県米沢にあるらしい。もしかしたら、同じ東北のよしみで興味を持ってくれるかもしれない。

 真正面から行くのが難しそうなら、あえて裏口から。文登は「工場見学がしたい」と連絡し、米沢の工房を訪問。対応してくれた工場長の方にいきなり企画書を渡し、僕らのやりたいことを実現できるのは銀座田屋さんしかいないと直談判した。

 ダメでもともとだと思っていたが、しばらくして銀座田屋から連絡があり、僕らと商談してもらえることになった。

 文登と崇弥、そしてデザイナーの松井とともに銀座田屋の本店を訪れると、25歳の僕らは浮き足立ってしまうくらい、格式のある静謐な空間だった。その一方で、もし、そんなすばらしいブランドとともにものづくりができたら、きっと「障害者」という言葉のイメージが大きく変わるに違いない。そう思えた。

 話を聞いてくれたのは、銀座田屋の当時、商品企画部部長の大河原さんをはじめ、長年、田屋に勤めてものづくりに携わっている方々だった。

 その時点で僕らの希望は、作品をプリントで再現するのではなく、あくまで織地として表現することだった。るんびにい美術館で作品をはじめて見たとき、何度も重ね描きした様がはっきりと浮かぶボールペンや色鉛筆、クレヨンの筆致に、作家たちがその作品をつくる光景が浮かび上がるような気がした。だからこそシルクネクタイでも、繊細な筆のタッチ、こすれやムラ、絵の具の立体感までも再現したかったのだ。

 銀座田屋のネクタイを手に取ると、レジメンタルストライプやペイズリーといったなじみのある柄だけでなく、動物や星座、文具、文字など実にさまざまなモチーフのデザインがあった。どれも繊細かつ緻密な色柄で、きっとここなら僕らの望むネクタイをつくってもらえるはずだと確信した。僕らは企画書やデザインのラフスケッチを手に、プロジェクトのコンセプトやつくりたい世界観をプレゼンした。

 銀座田屋のネクタイは、いちばん安価なものでも1万数千円するから、メイン顧客層は中高年男性の方や富裕層の方だ。僕らのように若い世代が服や小物にかける金額はたかが知れているし、僕らと組んでもそうメリットはないかもしれない。

 それに話の中ではじめて知ったことだったが、銀座田屋はこれまでOEMはおろか、銀座本店とホテルニューオータニ店など自社3店舗で販売するのみで、オンラインショップ以外、他社に卸してすらいないのだという。

 それでも銀座田屋の方々は、僕らの話を真剣に考えてくれて、最終的にはネクタイの製造を請け負ってくれることになった。100年以上続く企業ではじめて、他社商品の製造を担うことになったのだ。

 大河原さんは「理念はもちろん、『優れた作品をそのままネクタイにしたい』という強い思いが、とても面白いなと思ったんです」(BAMPコラム 2019年2月15日より)と、コラボレーションを承諾した理由を語っている。

 ネクタイのデザインは、デザイナーの松井と、銀座田屋チーフデザイナーの佐藤由記也さんがやり取りしながら決めていった。佐藤さんは普段、自分で考えたデザインを製品化しているため、既に完成された作品をネクタイのデザインに落とし込むのは、はじめてのことだったという。

「これほど色数を使うのはかなり難しいですよ」「クレヨンのかすれた風合いを表現するにはどうすればいいかな」と、実に楽しそうに取り組んでくださった。できあがったサンプルを見たときには、思わず声をあげてしまった。

 ヤバい! かっこいい!

 そしてそのサンプルをすぐに、るんびにい美術館に持っていった。板垣さんと高橋さんに見てもらったところ、正式に商品化を認めてくれた。板垣さんは「このクオリティでやろうとしてたんですね」と、しみじみと感心していた。

 ネクタイの商品化にあたって、るんびにい美術館に在籍する作家の中から四人の方の作品をデザインに起用した。八重樫(やえがし)道代さん、佐々木早苗さん、小林覚(さとる)さん、八重樫季良(きよし)さんの四人だ。

 道代さんは、小さな頃から塗り絵が好きで、19歳の頃からはじめて自分の絵を描きはじめた。鮮やかな色づかいと緻密な構成が特徴的な作品だ。

 早苗さんは、絵だけでなく刺繍や織物、切り絵などさまざまな表現に取り組んできた。ボールペンで細微に描きこまれた円が連なる作品をデザインに選んだ。

 覚さんは、養護学校中等部の在学中に独自の「覚文字」を生み出した。彼は日記も作品もすべてこの文字で書く。これを造形表現として捉えたところ、印象的なアート作品になった。

 季良さんは、幼少期からずっと定規とマーカーで幾何学模様を描いてきた。彼のフィルターを通すと、独創的なパターンが連なる作品となる。

 ネクタイを見てもらうとわかる通り、この四人の作品は今でもヘラルボニーの象徴的なアイコンとなっている。ヘラルボニーの骨格は、既にこの頃に確立したと言っても過言ではない。

 プロダクトの製作と並行して、プロジェクトのコンセプトを改めて検討し、ブランド名を決めた。その名は「MUKU」(無垢)だ。

『異彩を、放て。―「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える―』より一部を引用、抜粋。

デイリー新潮編集部