「これ、イタリアのブランド?」 いいえ、岩手の企業です 設立4年で大躍進を続けるスタートアップ企業「ヘラルボニー」の原点

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 ディズニー、JR東日本、コーセー、丸井――創業からわずか4年にもかかわらずコラボの依頼が引きも切らない「ヘラルボニー」。大躍進を続ける同社の双子経営者、松田文登(ふみと)さんと崇弥(たかや)さん(現在31歳)にとって、出発点は生まれ育った環境にあった。

「ふつうじゃない」って「かわいそう」なの? 僕らのお兄ちゃんは、なんで馬鹿にされなきゃならないの? ――4つ上の兄、翔太さんには重度の知的障害を伴う自閉症があった。やがて起業を決めた文登さんと崇弥さんが社名として選んだのは、兄が子供の頃、ノートに書きつづっていた謎の言葉だった。障害のある人もない人も、分け隔てなくあるがままにフラットに暮らせる未来を目指す双子経営者の思いを、初の著書『異彩を、放て。―「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える―』から紹介する。

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 東京、日本橋三越本店のショーウィンドウに広がった、一面の、青。

 色とりどりのマーカーによる点描で構成され、深い青と緑が混じり合い、吸い込まれそうになる。光の気配をまとうように、かすかにピンクとオレンジ色が射し込む。

 エルメス、ブルガリ、ルイ・ヴィトン……世界的なメゾンブランド(高級メーカー)が並ぶウィンドウのその横に、「HERALBONY」の文字が躍る。

 ライフスタイルブランド、HERALBONYのポップアップショップ(期間限定の商業施設などへの出店)が、1階のスペースにオープンした。シルクのネクタイ、スカーフ、洋傘、財布、トートバッグ、スニーカー……さまざまなプロダクトを取り揃えている。ほかのブランドでは見たことのない独創的な色柄に、心を奪われる。

 同じフロアには、カルティエ、ティファニー、ロエベ、シャネル……錚々たるブランドが並ぶ。

 店の前で足を止めたお客様が、スカーフを手に取った。スタッフがにこやかに声をかけると、こう尋ねられた。

「これ、イタリアのブランド?」

 ヘラルボニーは、2018年設立、日本・岩手発の企業だ。

 知的障害のある作家のアートを、ハンカチや洋傘、クッションや食器など、ライフスタイルを彩るさまざまなプロダクトとしてプロデュースし、オンラインショップや各地のショップで展開している。

 そのほか、丸井やJR東日本、パナソニック、東京建物などさまざまな企業とコラボレーションを展開し、知的障害のある作家のアートをさまざまな形で世に届けている。

 三越本店のショーウィンドウを飾ったのも、知的障害のある作家の作品。岩手県にある「るんびにい美術館」に在籍する、工藤みどりさんの作品だ。

 ヘラルボニーでは、「福祉」や「障害」という、普段多くの人がなかなか意識を持ちづらい分野を、さまざまな形で暮らしに溶け込ませ、福祉を起点に新たな文化やライフスタイルをつくりだすために、日々企業活動をしている。

 代表取締役社長を務めるのは松田崇弥、代表取締役副社長を務めるのは松田文登。同じ日に生まれた、双子の兄弟だ。ちなみに崇弥が弟、文登が兄だ。さらに僕らには、4つ上の兄・翔太がいる。彼こそが、僕ら双子の運命を決め、ヘラルボニーを起業するきっかけになった存在だ。

 翔太は、重度の知的障害を伴う自閉症と診断されている。僕ら三人兄弟はとても仲が良く、小さい頃はよく一緒に遊んでいた。兄は笑ったり、泣いたり怒ったり、僕らと同じような感情を抱きながら、日々を過ごしている。

 でも周りから、「ふつうじゃない」「かわいそう」と見られ、蔑まれることもあった。なぜ、「ふつうじゃない」ことを馬鹿にされなければならないのか。僕らは、世の中に存在するそういった偏見や先入観を変えるため、ヘラルボニーという会社をはじめた。

 知的障害のある作家がつくる作品には、強烈な個性がある。

 生命の根源を感じさせるように細胞がうごめき、色彩豊かな葉っぱがリズムを刻む。繰り返される図形の連なり、何度も何度も描きつけた黒い丸……こうした模様は、知的障害のある人の多くが持つ、強いこだわりに由来している。つまり、「障害」が「絵筆」となって、見たこともない作品を生み出しているのだ。

 僕らは信じている。

「ふつうじゃない」ということ。それは同時に、可能性でもある、ということを。

 あるとき、ヘラルボニー宛てに1通のメッセージが届いた。それは、あるご家族からいただいたものだ。僕らはそれを、今でもお守りにしている。少し長いけれど、ここに引用する。

「我が家には、ダウン症のある2歳の娘がいます。産後に娘の障害がわかったときには、人生の素晴らしくきらびやかな『出産』という一大イベントから、まるで暗闇に放り込まれたような感覚でした。その暗闇は、自分の『無知』からくる恐怖だったことに気づいてからは、なんてことない、ただただかわいい幸せにあふれた子育てです。

 ヘラルボニーの存在を知ってからは、ヘラルボニーがあるこの時代に娘を出産し、育てることができるありがたさを感じています。娘の将来はもちろん、少し先の未来ですら、想像することが怖かった時期もありました。でも松田さんご兄弟をはじめ、娘のような子たちの存在を尊重し、ともに生きてくれる人がちゃんと存在しているんだと思わせてもらえたことで、娘の未来にも前向きな気持ちで向き合えています。そして、ここから先の未来、娘たちが今よりずっとずっと生きやすい日本にしていきたい。そのために私も、親として人として、できることを見つけたいと思わせてもらいました。松田さん、ヘラルボニーをつくっていただき、本当に感謝しています。心からありがとうございます。ヘラルボニーが『世界的なライフスタイルブランド』になる道のり、引き続き応援しています」

 ヘラルボニーがこの世に存在する理由は、このメッセージだけで十分だと思えるくらいだ。僕らの思いが、確かに伝わっていることを感じる。

 同じ志を持ちながら、同じ時代を生きる仲間として、障害のある当事者の幸せを追求していく会社になるまでの軌跡を、この娘さんとも一緒に、実現していきたい。

 僕らは、未来をつくっている。

 誰もが自分らしく、自分のペースで歩けるような未来を。

 ありのまま、自分の好きなことをしながら、幸せでいられるような世界を。

『異彩を、放て。―「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える―』より一部を引用、抜粋。

デイリー新潮編集部

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