デジタル化の時代に 「ペン」はどう生き残るか ――数原滋彦(三菱鉛筆代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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デジタルと筆記具

佐藤 そして数原さんは今年、「ありたい姿2036」という長期ビジョンを発表されました。

数原 2036年は弊社の創業150年にあたります。そこに向け、「筆記具メーカー」から価値を提供する「表現革新カンパニー」に生まれ変わると宣言しました。

佐藤 「表現」を中心に据えた。

数原 書くこと、描くことを通じて、世界中のあらゆる人が持つ個性と創造性を解き放ちたい。その力になる商品を作っていきたいのです。

佐藤 まさにラキットがそうですが、非常に大きな改革ではないですか。

数原 デジタル化の進展に伴い、筆記機会がどんどん減少しています。弊社の筆記具事業は、外部環境の変化により数%から10%のアップダウンがありましたが、末端の需要がいきなり10%なくなったりはしません。そこを見れば安泰な業界で、年に2、3%のダウントレンドでも耐えていける。ただそれがデジタル化によって、10年、20年と続いていけば、もう取り返しのつかない状態になってしまいます。

佐藤 私はコンピュータが普及しても、筆記具には勝てないところがあると考えています。それは「思考の組み立て」です。原稿はパソコンで書いていますが、構想メモは、ボールペンでノートに書きます。ロシアのテレビを見ながら内容を書きつけていくと、キーボードを叩くのに比べて、頭への入り方が違います。だから「手を使う」ことと「認知」には明らかに関係があります。

数原 私自身、小学生から手で書いて学んできましたから、そこに何かある、と信じてはいます。ただ一方でデジタルの脅威も強く感じている。いまの小学生は早くからタブレットを使っています。人間は環境に柔軟に対応していく生き物だと思いますので、タブレットでも思考の組み立てができるようになるのではないか、ペンを使った思考の組み立ては、果たして次の世代、そのまた次の世代にも安泰なのか、と心配しているんです。

佐藤 筆記具はどこか書籍に似たところがあるかもしれませんね。書籍も筆記具も、エリート層のものになっていく可能性はあります。日本には1億2千万人の人口がありますが、それがそのまま書籍のマーケットになっているわけではない。恒常的に買って読む人たちは、だいたい500万人くらいだと思います。だからいま単行本なら1万部を超えれば、そこそこの成績です。筆記具はもっと多いでしょうが、社会で活躍する人たちは本を買うし、筆記具も使い続けると思いますね。

数原 そうあってほしいです。

佐藤 公文式の教室は鉛筆一本でやっていますよね。中学入試も高校入試も難関校は必ず記述試験です。マークシートも鉛筆ですし、筆記文化は教育の中に組み込まれている。

数原 ただマークシートに関しては、すでにデジタル化の方向が示されていて、既に実施されています。

佐藤 TOEFLはオンライン上で試験をやっていますね。確かにIBT(Internet Based Testing)は広まりつつあります。

数原 だから将来、記述式もどうなるかわからない。いまはまだ教える側の先生も当然書くことをベースに学んできていますから、筆記をしながら思考を組み立てるマインドを持っています。それがタブレットで育った子供たちが教える側に回る時に、大きく変わる可能性がある。

佐藤 その時には、ペンの形を残すことが重要になると思いますね。いまあるようなタブレットに書くだけの電子ペンではなく、普通のノートに書いても、その動きをもとに筆記内容がデジタル化されるような、そんなペンを三菱鉛筆さんが作られるのではないか、という気がしています。

数原 それはあり得るし、作らなきゃいけないですね。

佐藤 AI技術なら、癖字を認知させるのは簡単です。

数原 そこはどんどん精度が上がっていくでしょうね。弊社の事業は、90%以上が筆記具関連です。その屋台骨が揺らいでは会社が成り立たなくなる。ですから体力のあるうちに次の一手をしっかり定めていかなければなりません。そのために、表現革新カンパニーに生まれ変わります。2036年に向け、着実に進んでいきたいと思います。

数原滋彦(すはらしげひこ ) 三菱鉛筆代表取締役社長
1979年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。2001年野村総合研究所入社。05年三菱鉛筆に転じ、海外営業担当課長、群馬工場長、営業企画部長などを経て、13年取締役経営企画担当。17年に常務取締役となり、18年取締役副社長、20年より代表取締役社長。

週刊新潮 2022年11月10日号掲載

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